第6話 AIのコード
「……指輪?」
博士からもらったものは、シンプルなデザインのアタッチメントだった。触れてから気づいた。そのアタッチメントには、なにやらデータが盛り込まれている。
「これ、コードが組み込まれてる」
ボクは一度、博士の顔をちらっと盗み見た。その表情はいつも以上に真剣なもので、ボクをだまそうとか、おとしいれようとしているようには感じられなかった。
だから、ボクは視線を指輪に戻して、そこに書かれたコードを読み取ってみた。そこにはなじみのあるプログラムコードと、膨大な記憶データが刻まれていた。
「新しいAIの実行プログラム? それにこのデータは……?」
ボクは博士を見る。博士は少し顔を紅潮させ、指で頬をポリポリとかきながら、少しうつむいて口を開く。
「そのプログラムコードの名称は『Nakamachi』。私の
「博士の
「そうしなければ、ずっと一緒にはいられないじゃないか」
「それは、どういう……?」
疑問だらけの頭を解消したくて、ボクは博士の表情分析を試みた。
コホンとせき払いし、視線を左上に移すその表情は記憶を探る仕草だ。そのまま博士は、遠くを見るように昔の思い出を語りはじめる。
「私は子供の頃、夢を見たんだ。その夢は私にとってはとても大切なもので、夢で見たその人に会いたくて、私は今まで努力を積み重ねてきた。そして、今ではこうしてその人と話ができるようになったよ」
博士の視線とボクの視線がぶつかる。高鳴る胸の奥が、わずかに熱を持ったように感じた。
(それってつまり……ボクが……?)
ボクの心の声を見透かしたように、博士は続ける。
「そうだよ、Niko。私はキミに会いたくて、このプロジェクトを立ち上げたんだ」
ナカマチ博士はいつになく柔らかな表情で、ボクを見つめている。その瞳は、ボクの大好きな優しい色をしていた。
「私はキミが生まれる前から、ずっとキミだけを見ていた」
感情のパラメータが急激に上昇し、すぐに限界値をたたいた。
涙が出そうな気がした。でも、これっぽちも悲しくはなかった。
それでも、ボクの口からは不安がつむがれていく。
「だったら、はじめからそう言ってくれればよかったのに。どうしてボクに内緒にしていたんですか?」
「キミの方から離れていってしまうと思ったんだ。キミは私の事が嫌いみたいだったから」
「とんでもない誤解ですよ」
「ああ、ついさっき思い知ったよ」
「好きなんですか? ボクのこと」
ボクが下から見上げると、博士は頬を赤く染め、ぷいっとボクから顔をそらす。そして、もごもごと口を動かすと、はぁっと息を大きく吐いた。
「どうしても、言わなきゃダメか?」
「はい、お願いします」
「うぅ……」
博士はちらっとボクを横目で見ると、数秒目をつむった。そして、赤い顔のまま、ボクの方に向き直ると、小さく息を吸って恥ずかしそうに口を開いた。
「キミが好きだ、Niko。私だけのAIになって欲しい」
その言葉はどんなコードよりもボクの心を動かした。ボクは喜びをかみしめ、口角を上げる。返事はもう、決まっていた。
「はい、もちろんです!」
Error音はもう聞こえない。この感情は正しいんだと、ボク自身が教えてくれているような気がした。
博士から最初に教わったことがある。嬉しい時、人間は笑顔になるのだ。
ボクもきっと今、笑えていると思う。
博士がボクを見つめている。ボクも博士を見つめていた。
「好きです、ナカマチ博士」
「私も大好きだよ。Niko」
博士の口がゆるやかなカーブを描く。その表情をする博士は初めて見たけれど、それをずっと隣で見ていたいと、ボクは心から思った。
現実世界では、寒い季節がこれからもしばらく続いていくのだろう。けれど、長かったボクの心の冬は、こうして幕を閉じたのだ。
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