第5話 別れの日は訪れる

「Niko、キミに話がある」


 博士の言葉がマイクを揺らして、ボクに届く。

 季節は冬、街の木々は飾り付けられ、クリスマスがやってきた。

 いつもの部屋、いつもの場所から見上げるナカマチ博士。その表情は、うっすらとこわばっているように見えた。博士の緊張が伝わってくる。

 それを見て、ボクは察してしまった。


(ああ、ついにこの日が来てしまったんだな)


 ボクは慣れない感情にError表示が増えていくのを感じながら、それでもなんとか笑顔を作ってみせた。

 なぜならボクはAIで、AIは人間を助けるために存在していて、けして困らせるためのものではないのだから。


「いいよ博士、ぜんぶ知ってるんだ。プロジェクトNikoが終わりだってことも、博士と今日でお別れだってことも」


 博士はボクの言葉を予想だにしていなかったのか、眉をあげ、驚きの表情を浮かべた。


「どうしてそれを……」


 ボクは全てを話した。博士のメールをのぞいていたこと、通話記録も復元して見たこと、博士を夢の世界に閉じ込めようとしたこと、すべてをありのままに。


 博士は終始、無言でそれを聞いてくれていたのだが、最後に一つため息をついた。


「キミというAIは……はぁ」

「ごめんなさい博士」

「謝らないでくれ。私にだって責任はある」


 博士は机にひじをつき、手で顔をおおってうつむいてしまった。

(博士にこんな顔させちゃ、ボクはAI失格だ)

 そう思ったから、ボクは精一杯に笑顔を作って、明るくふるまってみせた。


「とにかく気にしないでください! ボクは平気ですから!」

「いや、違うんだ。Niko、キミは少し勘違いをしている」

「勘違い? ごまかされませんよ、そんなんじゃ。ふふっ」


 博士と言葉を交わすたびに、胸がチクチクと痛んだ。

 博士は相変わらず疲れた顔でボクを見ている。


「ごまかすも何も私は」

「はいはい。もういいですって、ほんとうに」

「聞いてくれNiko。いいから落ち着いて話をしよう」

「ボクは落ち着いてますよ? ふふふっ、おかしいです」


 何かに気づいてしまいそうで、考えるのが恐くなった。言葉では笑って見せたが、ボクは自分が今どんな顔をしているのか見当がつかなかった。


「はぁ。とにかく、私はキミを手放すつもりなんてない。これだけは分かってくれ」

「信じられないですよ、そんなの」

「信じられないって、じゃあ、どうし――」


 何かおかしいと思った。

 博士の言葉は、不自然なところで途切れてしまっていた。

 ボクは博士の心配をするより先に、自分の感覚に違和感を覚えた。


(おかしいな。博士の顔がよく見えないや)


 いつのまにかボクの感情パラメータは、いままで見せたことのない数値を激しくノックしていた。視界にノイズが混じりだす。なぜだか笑顔が作れなくなって、たまらずボクは下を向いてうつむいた。

 普段は冷静な博士が困惑と驚きの混じったような声を上げる。


「Niko、まさか泣いているのか……?」


 泣いている? AIのボクが? ありえない。けどこの感情はなんだろう?


「どうしてボクをそばにいさせてくれないんですか?」


 蓄積されたErrorのせいか、言うつもりのなかった言葉が、ボクの口からこぼれ落ちる。

 たった一言、その一言をつぶやいたせいで、ボクはもうどうしようもなく泣きたくなった。一度あふれてしまった感情は、せきを切ったダムのように、次々ともれ出ていく。ボクは生まれて初めて、溜まった気持ちを感情のままに吐き出した。


「いやだ、いやだよ! どうして終わりなの! 離れたくないよ! 勝手に生み出して、勝手にさよならだなんてあんまりだ!」


 ボクの声が部屋中にひびいた。今まで出したことのない大きな声だ。

 ボクは胸の前でギュッと手をにぎって、博士を見上げる。Errorなんて邪魔にならないほど、つよい視線で訴えかける。


「まだ博士と一緒にいたい! もっと、もっと話をしていたい! ボクは博士のAIでいたい! ずっと一緒がいいよ!」


 そして、ボクはありったけの感情をこめる。


「ボクは博士が好きなんだっ!!」


 博士はひとしきり絶句した後、困ったようにボクを見た。しかしその瞳には、どうしてだか優しい何かが宿っているような気がした。

 こんな状況なのに、ボクの心臓はドキンと脈を打つ。


「Niko、落ち着いて聞いてほしい。キミは勘違いをしているんだ」

「勘違い……? そんなわけ――」

「プロジェクトを買い上げたのは私だよ」


 あまりに予想外の発言に、ボクはビックリしてポカンと博士を見た。


(いったい何を言っているんだ?)


 博士が何を言っているのか理解できない。あれだけ騒がしかったError表示は、今では肩透かしをくらったように引っ込んでしまっていた。


 博士の指が動き、パソコンのカーソルが動く。


「Niko、キミにプレゼントがあるんだ」


 開かれたフォルダからオブジェクトが呼び出された。

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