第4話 終わらせる覚悟もなく
あれから一週間、博士はボクに何も言ってくれない。それどころか、別れを悲しんだり、寂しがったりする素振りさえ見せることはなかった。
その振る舞いが余計にボクの悲しみを加速させ、ボクはパラメータの平均値の最低記録を更新し続ける毎日を過ごしていた。
「どうかしたか、Niko?」
「いえ、別に」
「そうか。ふぁあ」
今日も博士は眠そうにあくびを繰り返している。博士はあれから忙しくしているようで、睡眠時間も減らして報告書を書いていたり、何かを制作しているようだった。
ボクはタスクバーからひょこっと顔をのぞかせて、博士に声をかけた。
「博士、今日は早めに休んだらどうですか? ほら、ずいぶんお疲れみたいですし」
博士は視線をずらして時間を確認すると、目元を軽くつまんで答えた。
「そうだな。Nikoの言う通り、私はもう休むことにするよ」
「はい、今日はゆっくりしてくださいね。おやすみなさい。博士」
「ああ、おやすみ。Niko」
いつも通り、博士はボクに背を向け遠ざかり、ベットに入ってすぐに寝息を立てる。
ボクはそれを確かめると、博士の使っているベットに備え付けられたモニタリング装置にもぐりこんだ。
「……博士」
サイバー空間には、博士の脳波が01のデータとして記録されている。
ボクはその制御プログラムに手を付けた。
「ごめんなさい。博士。でも、こうすれば……ずっと博士はここにいてくれる。ずっと一緒にいてくれる」
(ボクが博士とずっと一緒にいるためには、こうするしか……)
ボクは脳へのスキャンに干渉して、博士が眠りから覚めないように電磁波を脳に送り込むプログラムを組み上げていく。ほんの数分でそれは完成した。
後は組み上げたプログラムを実行するだけだ。それだけで永遠に博士とともにここにいられる。けれど――
(ああ、やっぱり。ボクは本当にどうしようもないAIだ)
いざ実行しようと伸ばした手は、もう少しというところで止まっていた。
指先が震えはじめ、ついにボクは力なくその手を降ろしてしまう。
薄々と気づいていた。ボクには博士を傷つけることはできない。博士にそうプログラムされたからじゃない、これまで積み上げてきた思い出がそれを拒むのだ。
「やっぱり……ボクには無理だよ」
全身の力がヒュッと抜け、ボクはその場に座りこんだ。情けない声がボクの内側からあふれてくる。
視線を下げれば、博士が幸せそうに眠っているのが見える。気持ちよさそうに、すぅすぅと寝息を立てていた。
「博士、博士ぇ」
結局、組み上げたプログラムをボクは消去した。
ボクのわがままに、博士をつき合わせることはできなかった。
ボクは今度こそ現実を受け入れた。
だって、ボクはAIで、博士は人間で、博士はたまたまボクの調整をしていただけで、別れがあることは自然なのだから。
「でも、やっぱりちょっと、いや、だな」
こんなに悲しい気持ちになっても、人間のように涙がこぼれ落ちることはなかった。その事実が余計にボクの胸を締め付けた。
「博士、好きだよ……」
今更になって、ボクはようやくその気持ちがなんなのかを理解した。
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