第2話 退屈な夜に

「じゃあ、おやすみ。Niko」

「おやすみなさい、博士」


 博士とボクのおやすみが終わると、博士はボクに背を向ける。そして、ボクがいるこのパソコンとは反対側の、部屋の奥にあるベットへと向かった。

 ナカマチ博士がこの部屋を出ることはめったにない。博士はここで食事はおろか、寝泊りまでしているのだ。


 博士が寝そべる簡易的なベットには、脳をモニタリングする装置も備えつけられており、ピッピッと簡単な操作をして、博士は布団をかぶった。すると、スゥスゥという寝息がすぐに聞こえてくる。


 この時間は博士ともお話ができないので、ボクにとっては暇でしかたない。

 けれど、実は最近、秘密の趣味ができたのだ。


 ボクはウィルス対策のセキュリティソフトのように、博士のパソコン内部のデータを片っ端から開いていく。


「さてと、何か面白いもの、ないかなーっと」


 最近できたボクの趣味とは、博士のプライベートを覗き見ることである。しかし、そうは言っても、博士は個人的なデータをあまり残さない人なので、調べられるのはもっぱら電子メールくらいだ。


 メールに書かれた文字の中に、ボクの名前を見つけた。


「ふむふむ。プロジェクトNikoは順調に進行中です……か。自分の話なのに、なんだか実感がないな」


 博士のメールはそのほとんどがボクの話題なのだが、いかんせん報告だらけで少しだけつまらない。どうせなら、ボクと話せてうれしかったとか、もっとこうしてほしいとか、そんな話ならボクも興味が出るのにな。


「ん? これなんだろう?」


 数あるメールのうち、一通に目がとまった。そこにはどこかの研究員と博士のやりとりが記されていた。メールはその一通の後も複数回にわたって続いているようだった。


「心理系のカウンセリング? それとこっちは、性格診断? それにこれは……」


 その組み合わせに、ボクはなんとなく心当たりがあった。なぜなら、ボク自身もよく受けさせられるものだったからだ。なら、博士の考えは――


「ナカマチ博士。もしかして、新しいAIを作るつもりなのかな?」


 それも、すでに調整段階に入っているかもしれない。心を組み込むということは、プログラム自体はほぼ完成しているのだろう。そうなれば、テスト運用の時期も近いかもしれない。


「ボクがいるのに。この浮気者」


 ボクは寝ている博士の方を見て、そうぼやいた。

 新しいAIが入ってきたら、ボクはどうなってしまうんだろう? 考えたくはないが、嫌な妄想が思考の端にちらついては感情のパラメータを揺さぶってくる。


 新しいAIとボク、どちらかしか選べなかった時、博士がボクを選んでくれる自信はなかった。


「だって、そうだよね。博士はただの調整役で、ボクはただのプログラムなんだ」


 博士にとってはただの仕事で、ボクだからといって特別に何かが変わるわけではない。

 博士はボクに特別な感情を抱いてはいないだろうし、ボクのこの胸を締め付けるような苦しい気持ちもきっとバグなのだろう。


 気づけばボクはAIらしからぬ独り言を口にしていた。


「人間とAIの関係なんて、上手くいくはずないよ」


 ボクは検索窓で画像を開くと、目を細めてジッと眺める。


「いつかボクも、人間になれたらいいな。そしたら、ボクは」


 ボクは、きっと博士と――


 そんな妄想が退屈な時間を一瞬で削り取っていく。

 ふと部屋の明るさに気づき、時計に視線を合わせた。時刻は4時を少し過ぎたくらいだ。いつの間にか、夏の朝日が昇っていた。

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