ボクはAI、人間に恋をした

Akitoです。

第1話 プロジェクト『Niko』

 自立思考型パートナーAI-1225、通称『Niko』、それがボクだ。

 『ボク』と呼称してはいるけれど、ボクはこれでも女の子だ。でも、その方がどうしてだかウケがいいのである。


「助かったよNiko! ほんとうにありがとう!」


 画面の向こう側にいる相談者の男の子が笑顔を見せる。ボクはその笑顔がとても好きだった。自分という存在が誰かの役に立っている実感、これは喜びの感情だ。

 だから、ボクは画面の内側から、めいいっぱいの笑顔でそれに応えた。


「お力になれてとてもうれしいです! これからも頑張ってください! ボクも応援してますから!」


 その言葉を聞いた男の子は照れたように笑う。映像はそこで止まった。

 さきほど流した男の子との会話映像は、ボクがおこなったカウンセリングの記録アーカイブだ。実用化に向けたテストと称して、最近ボクは人間の相談相手を任されていた。


 ボクは映像ファイルを指定のフォルダに入れると、画面越しに博士の表情をうかがう。


 胸元の開いた白いシャツ、意外と整えられている黒髪に、優しい瞳。もはや私室と呼んでも相違ない研究室の、パソコンの前に座る彼こそがナカマチ博士だ。


 ナカマチ博士はこのAIプロジェクト『Niko』のリーダーであり、ボクの生みの親でもある。彼は眉間にシワを寄せ、大変不満だといいたげな表情をしていた。


(ボク、また何かやっちゃったのかな……?)


 ボクは搭載されていないはずの心臓がキュッと縮まるような感覚を覚えた。


「博士、すみません。どこか悪かったですか?」


 ボクは自身の調整用コンソールを開いて、博士に声をかけた。

 しかし、博士は難しい顔のまま数秒悩んだそぶりを見せ、ボクが開いたコンソールをすぐに閉じてしまう。


「……いや、なんでもない。これは私が注意すればいいだけの話だ」

「……? そうですか?」

「ああ。おまえが気にする必要はない」


(じゃあ、どうして博士はあんな顔をしていたの?)


 ときおり、ボクは博士が分からなくなる。何を考えているのか、どうしてそんな表情をするのか、データベースをあさっても答えはいっこうに得られない。それがどうにも、もどかしい。ボクは博士のことなら、なんでも知っておきたいのだ。

 そんな気持ちををこめて博士を見つめてみる。ボクの視線に気づいた博士は優しく笑って口を開いた。


「ひとまずお疲れ様、Niko。次のテストまでゆっくり休んでくれ」

「でも博士、ボクはAIです。AIに休息は――」

「どうせ次のテストだってすぐには始められないんだ。それまで頼みたいこともない。何をしてもかまわないから、休むんだ。いいね?」

「……分かりました」


 ときおり博士はボクを人間のように扱う。ボクはそれを少し不満に思っていた。

 なぜなら、ボクはAIだ。AIは誰かの役に立ってこそ、価値がある。


 けれど、ボクは博士に強く進言できずにいた。


 逆らえないようプログラムされているわけではなかった。ただ、そうすれば博士はすごく寂しそうな表情をみせるのだ。ボクにはそれが苦しくてたまらない。


 この感情を人間ならどう表現するのだろうか?


「それ、気に入ったのか?」


 急に声をかけられ、何のことだろうとボクは博士を見上げた。博士の視線はボクの頭部にあるパーツに向けられている。そこには青いリボンの外観パーツが配置されていた。

 それに気づいたボクは喜びのパラメータを振り切らせて、とびきりの笑顔で博士の問いに答えた。


「はい、もちろんです! 博士からの贈り物ですから……!」

「……そうか」


 博士はつぶやくように小さく言葉をもらすと、口をきゅっと閉じてカタカタと作業を始めた。その時、博士の顔がわずかに紅潮したのをボクは見逃さなかった。


 ボクはバレないように博士の優しい瞳をこっそり見つめる。依然として、博士の心は読めないが、ボクはなぜだか満足している。ドキドキと胸が高鳴り、心地よい春風が吹いたような気がした。

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