第3話
翌日から私は部活に復帰した。
気になってはいるものの
調子がいまひとつなのも、今に始まった事ではないので頭の片隅に置いておく。
それから数日が経ち、練習に行こうとして靴箱を開けるとその中で何かが光った。手に取ってみるとそれは、赤い石のついたネックレスだった。
陸上部で代々受け継がれているペアのお守りの話を聞いた事がある。それは勝利のルビーを模した
そのうえ、仮にそうだとしてもこれが同一のものなのかどうかは確かめようがない。
ふと見るとネックレスの下には封筒も置かれていた。
『突然で驚いていると思う。だがどうか最後まで読んで欲しい。単刀直入に、下記の番号を登録してはくれないか。それを通じて君に陸上についての助言をさせて欲しい。誰かもわからない者からの言葉などと思うかもしれないが、今は信じてくれとしか言いようがない。ただ、一つ間違いなく言えるのは君を心から応援していると言う事だ。それだけは確かに約束しよう。その証として勝利のお守りを贈る』
豊島さんは今日も姿を見せない。
走っている間、あの手紙について思い返していた。
私が走っている事とお守りについて知っていて、陸上の知識が少なからずある人物。
練習が終わるまでそれを考えていたけれど、まったくと言っていいほど心当たりがなかった。
そもそも普通に考えれば怪しい申し出だ。
ただメッセージでのやり取りを望んでいるようでもあるし、そこまで警戒しなくてもいいのかもしれない。そして何より、今の私は誰かのアドバイスが欲しい。
その日の夜、ベッドに寝寝転がりながらアプリを開き友達の登録をすると、画面には『edea.k』という名前が表示される。
『封筒の中身を読みました。あなたは一体誰で、何が目的なんですか?』
『まずは信じてくれてありがとう。すまないけど、それらについては言えない。僕の事はエデアとでも呼んでくれ』
こうして『
『君の走りを見た事があるのだが――』
彼が言うには、私はスタートにばかり気を向けすぎていて、序盤から力みすぎた結果中盤以降は力を発揮できていないのだそうだ。
『エデアはどうすればよくなると思う?』
『私見を述べるならば。開始後にトップスピードを出した後、中盤以降は速度を落として追従。もちろん各コーナーではしっかり速度を上げつつ後半でスパートをかける。君にはそのやり方が合っていると考える』
『それって今からでも身につくのかな……?』
『これからの練習次第ではどうとでもなる。だが現状伸び悩んでいるのだとすれば、多少のリスクはあれど敢えてやってみる価値は十二分にあるだろう』
『あれ……。私の事、そこまで知ってるの?』
その日の返事はここで途絶えた。
それからは帰宅後毎日のようにメッセージのやり取りは続き、時には深夜にまで及ぶ事もあった。
彼が何者かはいまだにわからない。でもそれは、もうどうだってよくなりつつあった。その存在だけがいつも私の側に居てくれている気がして心強く、ただただ嬉しく感じていた。
翌日私はグラウンドにいる。三年の
私の目指す走りをする人が部活内にいると『
「それにしても、ボクに教えを請うなんてびっくりしたよ。君ってそんなタイプだったかな、なんて思ってさ」
休憩中、そう言って先輩は爽やかに笑った。
そういえば彼女は自分の事を「僕」と呼んでいる。
私の事を「君」と呼ぶ。
話し方だってそれとなく似ている気がする。
「それが――」
私は思い切って『
「なるほど。その人は現役で走っている人か、それに近しいところにいる人なのかもしれないね。正直ボクも話を聞いてみたいくらいだ」
「あれ、先輩がエデアじゃないんですか? それで実際に話を聞くように私に差し向けたのでは……」
「まさか。残念だけどそれはボクじゃないよ。というか肝心な事を忘れてないかな? そもそも君とはそのアプリ上で友達になっているじゃないか」
言われて友達リストを開くと、『一宮
結局『
「そうだ、今まで教えてなかったけどとっておきが一つ。ラストスパートでね」
先輩は私の耳元で囁くと自分の練習に戻っていった。
「三橋さん、最近大分頑張ってるようね。手応えはどうかしら?」
その日の練習が終わり、更衣室に戻る途中で顧問の先生から声を掛けられた。
「はい。走り方を見直した事で自信がついてきました。ところで……マネージャーが休んでいると聞いたのですが」
「ああ、あの子ね。ちょっと頑張りすぎたみたいでしばらく休んで貰う事になったのよ。何か私に急ぎの用事でもあった?」
「あ、いえ。ただ豊島さんが心配で」
「彼女ね、近頃は夜遅くまで起きてる事が多かったのかな。目の下にひどいクマを作ってまで出てきて、もう見ていられなかったのよ。マネージャーは今代理に任せてるから何かあった時はその子にお願いね」
彼女に何事もなければと願う。それと同時に、彼女が居たところで何もできないだろう自分を思うと複雑な気分になった。
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