第2話

 あれから部活には顔を出しにくくなった。

 ちょうどクラスでも席替えがあり、豊島とよしまさんとは話す機会もさっぱりなくなった。

 それでも何故だか目で追ってしまい、時折視線が合う事もあったけれど私からすぐに逸らす。

 これでよかったのだ。

 彼女の嫌な部分を見てしまうくらいなら、遠くからその姿を見ているだけで十分。

 だから、憧れは憧れのままでいるのが一番いい。


 下校時刻になり、私は校舎から出るとグラウンドを見ないよう早足で正門へと急ぐ。すると、最近仲良くなったばかりの遠野とおのかりんがこちらに手を振っていた。


「かりんちゃんお待たせ」

「あれ? そう言えば佑香ゆうかっち部活はよかったの?」

「うん、今日はちょっとね」

「あ、サボりだ~? まあ、たまには息抜きも必要っしょ!」


 彼女は気さくで愛想もいい。とにかく明るく前向きな性格で、あの人とは正反対なのではないかと思われる人物だ。

 彼女と時間を共にするようになって始めのうちは、まるで私の知らない世界が開けたようにも思えて純粋に楽しめていた。

 だけれど、そうしている罪悪感が段々と心の何割かを占めるようになっていった。それでも元の場所へは戻りにくいという思いの方が勝ってしまう。

 そんなどっちつかずの状態は一週間ほど続いた。


「――佑香っち? おーい、聞いてる?」

 遠野さんの声が聞こえる。

 すぐに私はカラオケボックスの個室内にいたのだと気付いた。

「あ、ごめん。なんだった?」

「またぼーっとしてぇ。次そっちの番だよ~?」


 初めこそは笑っていた彼女も同じような事が何度か続くと、

「今日はこれで終わろっか」

 そう言って突然席を立った。

「え、でもまだ時間あるよ」

「佑香っちさ、なんか集中できてないっていうか。やっぱり部活の事気になってるんじゃないかな。あたし、そういう中途半端なヒトと遊んでても楽しくないんですけど?」

 じゃあねと言って彼女は出ていってしまった。

 一人残された私はただぼうっと、流行りの曲が眩しく映り変わるモニター画面を見ていた。

 帰宅してからは何もする気が起きなくて、そのまま真っ暗な部屋のベッドへと飛び込んだ。そうして、私はいつのまにか眠っていたのだろう。気付けば窓の外は明るくなっていた。


 いつもよりも早く家を出て学校に着いた。そして遠野さんが教室に入ってくるのと同時に立ち上がり彼女の元へと急ぐ。

 彼女は私に気付くと同じようにこちらに近づいてきて、ちょうど向かい合う形になった。

「「ごめん!」」

 その言葉が重なる。「あっ」と、遠野さんは慌てて口を開こうとしたけれど私はそれを制した。


「私から先に言わせて。あのね、このままじゃいけないってわかってるのに私は遊んで全部忘れようとしてた。それになにより、かりんちゃんにすごく失礼な事をしてたんだって気付いてなかった。だから、ごめんね」

「いやいや、そっちの事情も知らないで勝手にキレて出ていく方がさいてーだよ。あたしがあの時、ちゃんと話を聞けばよかったんだってすっごい後悔してる。ホントごめん!」


 昼休み中庭で昼食を取りながら、集中できていなかった理由を遠野さんに包み隠す事なく話した。その間、彼女は頷きながら真剣に聞いてくれていた。


「よし、今日から佑香っちの応援したげる! 嫌だって言われてもする!」

 遠野さんは八重歯を覗かせるように笑って左手を差し出し、私はそれに応じる。

「思ったんだけど、握手ってちょっと恥ずかしいよね」

「それねー」

 お互い手を握ったまま私達は笑った。


 帰宅して夕食後机に向かっていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「佑香、今少しだけいいかな?」

「なにお父さん?」

 普段から話はする方だけれど私の部屋を訪れるのはめったにない。

 ドアを開けて彼を部屋に入れ、ソファーに隣り合うように座った。


「やっと元気が出たみたいだね。お父さんもお母さんもずっと佑香の様子が気になってたんだけど、本当によかった」

「え、私ってそういうふうに見えてたの?」

「何年親をやっていると思ってるんだい。子供の事くらいすぐにわかるさ」

「ちょっと、まあ色々あって……。でもね、私もうちょっと頑張ってみる」

「これからも佑香が楽しいと思える事を続けていきなさい。僕達はいつでも見守っているからね」

 終始穏やかな表情のままそう言って、父親は私の部屋をあとにした。


 そうして十二時を過ぎ私はベッドへともぐりこんだ。

 今日あった事を思い出すとどうにも落ち着かなくて、すぐに眠る事ができなかった。

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