第4話 口火/Sparking

 男は窓から漏れる眠らぬ街の明かりを背に葉巻をふかす。薫る煙が薄暗い室内に充満していく。

 そんな静寂に四度の硬質なノック音が響いた。


「───なんだ」


「失礼いたします。ギルドマスターにお客様です」


「こんな時間にか?そんな予定聞いていないぞ。アポを取ってから出直すように言って追い返せ」


「失礼いたします。ギルドマスターにお客様です」


「…あぁ?」


 男はようやく部下の様子に気が付いた。

 部下の顔は暗闇でも分かる程に血の気が引き、体は小刻みに震えていた。


「失礼、しつ、し、し、し───」


「───どけ、邪魔だ」


 男の部下は痙攣し口から泡を吹いて倒れる。そして扉が勢い良く開き、赤い髪の女が部屋へと侵入した。

 女の後ろには赤い仮面とフードを身に着けた集団が控えている。


「だ、誰だお前…!?」


「口のきき方には気を付けろ。俺はテメェのお客だぞ」


 男の体が激しく震え脳内に女の声が反響する。


「申し訳ございません。───あれ、何で俺が。ご要件をお伺いしても。───どうして俺が這いつくばって」


「要件は一つ。テメェのギルドを俺に寄越せ」


「はい喜んで!───嫌だ!是非ご自由にお使い下さい───辞めてくれ…」


 男の抵抗虚しく体は差し出された契約書にサインした。


「あいよ。それじゃこの部屋は今から俺のもんだ、さっさと出てってくれや」


「かしこまりました。───ふざけるな。失礼いたします。───返してくれぇ…」


 男は嘆きながらで退室していった。


「さーてと、これで準備は整った。ゲーム開始といこうぜクソ野郎共」


 葉巻を踏み消し、女は不敵に笑った。


 ◆◆◆


「───確認完了しました。お二人とも、クエスト達成おめでとうございます!」


 受付嬢から報酬金を受け取りカウンターを後にする。


「またあの二人だぞ…何度目だ…?」


「あれが高難度依頼クエストばっか回してるっつー例の二人組か…」


「噂じゃ上位魔獣の群れを無傷で討伐したとか…」


 周囲からの視線を独占しながら俺たちは食堂の端っこにある二人掛けの小さなテーブルに座る。


「金貨百二十枚で十二万ゴルト。そこから来月の宿代と朝食代を差し引いて…」


「一万五千ゴルトじゃ!金貨十五枚よこすのじゃ!」


「はいはい…はぁ…高難度っても生活費で報酬の七割以上が消えちまうんだよな…」


 今回の依頼は【奇獣キマイラ】の討伐。

 獅子の頭、山羊の頭、蛇の頭を併せ持つ上位魔獣で三種のブレスを使う厄介な魔物。とはいえ、ワイトの連れて来た聖獣に比べれば仔猫みたいなもので、情報になかった二頭目が乱入してきても特に苦戦はしなかった。


「吾らはアイテムの消耗が少ないから、まだマシな部類なんじゃがな」


「世知辛いぜ…」


 報酬金の山分けを終え麻袋を懐へしまう。


「あ!くーん、ちゃーん、お疲れ様です!」


 そこへ元気ハツラツなピンク色が現れる。


「なんじゃプラムか」


「もー!私の方が年上なのにー!」


 俺の目の前で猫耳と尻尾をピンと立ててプリプリしている彼女は【プラム】。俺たちと同じ冒険者ギルド【篝火かがりびの星】に属する冒険者である。

 年齢は俺より二つ上の十七歳で、冒険者歴も二年目と一応は先輩冒険者にあたる。

 シディに関しては細い歳は知らないが…多分アイツの方が歳上だろう。それでもシディが年下扱いされることをそれ程嫌がっていないのは不思議だった。


「でも、たった二ヶ月でランクも稼ぎも追い抜かれちゃって、先輩としては複雑です…」


 冒険者は実績に応じて五つの【等級ランク】が与えられる。この等級が高い程、危険度の高い依頼を受けられるのだ。

 プラムの等級は下から二番目の【黒鉄等級スチールランク】。対して、俺達二人の等級は黒鉄の二つ上の【黄金等級ゴールドランク】だ。


「強き者には相応の椅子が用意されるということじゃ。まぁ、吾に対する評価としては不足じゃがな」


「がーん!今日もシディちゃんが辛辣だよ〜…」


 プラムはヘナヘナと力なく机に突っ伏す。プリプリしたりヘナヘナしたり忙しい奴だ。


「二ヶ月か…」


 そう、俺達がこの街に来てから二ヶ月が経過した。

 魔王城にて神の使徒を撃退した俺とオブシディアは名前を偽りここ【交易都市イニベータ】で冒険者として暮らしていた。

 そもそも、あの日俺達が魔王城に殴り込んだのは勇者の使命を完了し、オブシディアの本来の目的である神殺しに専念するためだった。ところがこの邪竜ときたらターゲットである雷神の居場所を全く知らなかったのだ。そこで王国中の情報や噂が集まるこの街で雷神の動向を探るべく冒険者生活を始め、今に至る。

 冒険者として生活しようと提案した時はオブシディアから激しく抵抗を受けたが、今となっては冒険者シディとしての生活を楽しんでいるようだ。

 まぁ、それはそれとして今のところ目ぼしい成果は無いのだが。

 結局、あの日以来ワイトも姿を見せていない。雷神が俺達に恐れをなして逃げ隠れたとかだと探し出せる気がしないが…。


「そう言えば!マリネットが『弟子にしろー!』ってレイくんを探してたよ?」


「またかー…」


【マリネット】はプラムと同じ冒険者であり、プラムとは幼馴染でもある少女だ。

 元々は剣士だったらしいが、俺が魔法と剣を併用するのを見て魔法を始めたとか。それで俺は魔法の師匠になれと追っかけ回されているのだ。


「あー!見つけたわよレイ!今日こそ私を弟子にしてもらうわ!」


「ちょ、ちょっとマリ姉…落ち着いて…」


 デカい声を上げながら赤いバンダナの少女が緑髪の少年を引き摺りながら現れた。


「ククク、ルイ坊も大変じゃな」


「マリネットは落ち着きなさい。ルイードも、しっかりマリネットの手綱を握らなきゃ」


「ぼ、僕には無理だよプラ姉…」


 前髪で左眼を隠した少年【ルイード】は呟くように答えた。

 彼はマリネットとプラムの幼馴染であり、三つ歳上のマリネットとプラムを実の姉のように慕っている。

 一応はマリネットとコンビを組む優れた冒険者…の筈なのだが。


「…大型犬を散歩する子供みたいじゃな」


「だーれーがー犬だー!」


 赤いバンダナの少女、もといマリネットは腰にルイードをぶら下げたままシディに詰め寄る。


「お?その剣、新調したのじゃ?」


「さっすがシディ!お目が高い!魔法剣士でやってくなら軽くて取り回しの良い片手剣の方が良いと思ってさ」


 新しい剣に気付かれたのがよっぽど嬉しかったのか、マリネットは腰を突き出して片手剣を強調したポーズをとった。数秒前まで自分が怒っていた事すらとうに忘れている。

 …そういうとこが犬っぽいと言われる原因なのでは?


「って、そうだった。私はレイに話があったんだ。レイ、私を弟子に───」


「嫌だ」


 要求内容を遮ってきっぱり断る。


「何でよ!」


「面倒だから」


「誰が面倒くさい女よ!」


「そーゆーとこ」


「うっ、ぐぬぬ…」


 マリネットは確かに腕の立つ冒険者だがご覧の通りの直情型。斬撃と法撃を併用し、戦闘を俯瞰する思考力が必要な魔法剣士は彼女には向いていないだろう。

 何より俺が面倒だし。

 マリネットのデシニシロ攻撃を封殺し俺は席を立つ。


「あれ?どっか出かけるの?」


「ちょっと野暮用がな。シディは置いてくから好きに遊んでくれ」


「む!なんじゃあその言い草は!貴様が吾を置いてくのではない、吾が貴様に置いていかせてるのじゃ!」


「…それって結局置いてかれてるんじゃ…?」


 喧しい連中をギルドに残し、俺は街の商業地区の一画に建つ武具屋を訪れた。


「よっ、店長いるか?」


「やぁレイ。待ってて、すぐ呼んでくる」


 そう言って店番の見習い少年が店の奥へ引っ込む。彼の年齢は俺と同じ十五歳とのこと。

 実のところ、精神年齢がズレてるとはいえ周囲に同い年タメが全くいないというのも寂しかったので、そういう意味でもこの店にはお世話になっている。

 まあ、今日はお喋りに来た訳では無いのだが。


「おう、待たせたな坊主」


 ドスの効いた低い声と共に大柄なスキンヘッドの男が現れた。この人こそがこの店の店主でありこの街一の武具鍛冶職人だ。

 店内にズラリと飾られた武器、防具の数々も全て店長が作製した逸品達だ。


「注文の品ならこの通りだぜ」


 そう言って店長から一振りの剣を手渡される。

 剣を鞘から抜くと特殊な刃が姿を現す。刀身は細身で分厚く針や釘に近しい形状をしていた。


「ロングブレードの刺突剣ミゼリコルデ。要望通り材質は通常の鋼を使ってあるが…良かったのか?」


「あぁ、最高の仕事だ」


 勇者が消息不明である以上、俺も無闇に聖剣を使うことは出来ない。

 そこで、聖剣に代わる主武装としてこの剣を依頼しておいたのだ。

 中途半端な切れ味では斬撃で隙を晒すだけなため、思い切って刺突に全振りしてみた。

 外見や素材はありふれたものだが、耐久性が高く防御にも応用が可能。刃がない事で通常攻撃が打撃となり非殺傷戦闘が容易と機能性は十分だ。


「お代は一万ゴルトだ」


「はいよ───『亜空収納スペースポケット』」


 魔法で異空間に収納していた麻袋から金貨を十枚取り出す。


「金貨十枚で一万ゴルト、確かに頂戴した。まいど」


 新たな装備を腰に差し店を出る。

 素材は普通の鋼とはいえオーダーメイドの装備となると多少財布が軽くなる。冒険者としての必要経費だと思うことにしよう。


 露店が並ぶ大通りを進む。


「………」


 大通りを道なりに進み、横道に逸れて路地裏へ入る。


「………」


 入り組んだ路地を進み、突き当りで立ち止まった。


「………俺に何か用?」


 背後の気配が明確な形をもって現れる。

 赤いフードと赤い仮面で念入りに顔を隠した奴が三人。

 姿は見せないが後ろにもう二、三人程潜んでいるのが気配で分かった。


「───殿とお見受けする」


 随分と久しぶりの響き。俺の正体を知っているということはただの不審者では無い。もっと厄介な連中なのだろう。


「いやいや、そりゃ行方不明の勇者様の名前だろ。俺はしがない冒険者のレイ、人違いだぜ」


 念のため白を切るが、仮面の集団は始めから俺の言葉など聞く気がないらしい。

 先頭の男が俺に何かを投げつける。


「っと…手紙?」


 投げられたのは手紙。良質な封筒は背に蝋で封がしてある。


「我等の主より伝言だ。『』とな」


「───どういう意味だ」


「招待状は確かに渡した。ではさらばだ」


「おい!待て!どこ行くつもり───」


 踵を返した赤いフードを掴もうと手を伸ばしたその時、街中に爆発音が轟いた。


「何だこの音…ってどこ行きやがった!?あークソッ!そんなことよりあの方角は…」


 火災が発生したのか、音のした方角からは黒い煙が上がっている。煙は街の中心部、冒険者ギルド篝火の星がある方角から上がっていた。


「嫌な予感がする…!」


 俺は全速力で煙の元へと走った。

 近づくにつれて人は多くなり、嫌な話が耳を掠める。次第に強くなる不安を押し込み、俺は篝火の星に到着した。


「なんだよ…こりゃ…」


 目に飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。ごうごうと音を立ててギルドが燃えている。

 周囲は消防団の魔法使い、野次馬、横たわる怪我人、怪我人を手当する救命隊が入り乱れ、人で溢れ返っていた。

 そんな人々の中で広場の端に見慣れた人影を見つける。ベンチにシディ、プラム、ルイードの三人が座っていた。


「シディ!無事か!」


「レイか。吾は無事じゃが───」


「レイくん、マリネットが…マリネットが…!」


 プラムが涙を浮かべながら俺の上着の裾を掴む。


「詳しくは僕が。簡潔に言えば───マリ姉が攫われました」


「攫われた…!?」


 プラムの方を見ると涙を零しながら激しく首を縦に振っている。


「最初の異変はレイさんがギルドを出て直ぐでした。何気ない会話からマリ姉とプラ姉が口論になってマリ姉が外に出てったんです。でもおかしいのはマリ姉達だけじゃなくてギルドの冒険者達や通行人まで言い争い始めて…」


「そんな大勢の人達が一斉に…!?」


「はい。やがて諍いは乱闘に発展し、暴徒がギルド内にまで流れ込んで来たんです。室内での乱闘から小火ぼやが出て、それが種火になって火事が起きました」


「そんなことが…」


「それから逃げ出す人々に巻き込まれて僕達も外へ出ました。その途端、大きな爆発が立て続けに三回起きて、僕らは必死にマリ姉を探したんです。ようやくプラ姉が人混みの中からマリ姉を見つけた瞬間、の集団がマリ姉を連れ去ったんです」


 ルイードの言葉は微かに震え、後悔と怒りの色が滲んでいた。


「赤い仮面…その連中は何処へ行ったんだ?」


「分かりません。混乱に乗じて姿を消しました…」


「そうか…」


「レイよ耳を貸せ。…マリネット達や通行人がおかしくなった時、魔力の乗った奇妙な音が聞こえた。恐らく精神干渉系の音響魔法じゃろう。」


「精神干渉…!?そんな高度な魔法をこの広範囲に…」


「それとギルドの三回の爆発も妙じゃ。ウチのギルドは全ての照明が水灯晶じゃから建物内に爆発物は無かった筈じゃ」


「…つまりそっちも魔法?」


「じゃろうな」


 精神干渉魔法…不審火…赤い仮面…。


(そんで招待状…ヤバい香りがプンプンすんだけど。絶対罠じゃん)


「───あ、そういやシディ、今回の首謀者から言伝だぜ『ワイトは死んだ』とさ」


「ほう。逃げ隠れたかと思うたが、まさか奴らの方から現れるとは。探す手間が省けたのう」


「……何の話ですか?」


 意味の分からない会話にルイードは首を傾げる。


「要はコレに書かれた場所にマリネットと今回の黒幕がいるだろうって事よ」


「───マリネットが!?」


 まぶたを真っ赤に腫らしたプラムが俺に飛びついてくる。


「落ち着けって、まだ可能性の話だから」


「そ、そうよね。ごめん…」


 マリネットが誘拐されプラムが相当動揺しているのは誰の目にも明らかだった。このままでは心と一緒に体まで壊しかねない。


「それで?明らかにヤバそうじゃが行くじゃろ?」


「当然」


 マリネットの安全、プラムとルイードの心身、そして俺達の目的のためにも立ち止まってる暇はない。


「ククク、そうでなくてはの」


 かくして俺達は招待状に記された場所へと向かう。その先に待ち受ける巨大な邪悪に気付かないまま。

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