第3話 支配/Domination

「…貴様、いつになったらソレを解くんじゃ?」


 黒竜が片手間で火球をバラ撒きながら俺に振り向く。


「貴様じゃなくてレイナードだ───ソレって?」


 剣を振るいながら背中で応える。


「眷属である貴様を名前で呼ぶ必要などない。むしろ貴様は畏敬を込めて吾を黒曜竜オブシディア様と呼ぶがよいぞ───ソレはソレじゃ、貴様の使っとる幻術じゃよ」


 黒竜が指を鳴らし火柱が乱立する。ちまちま撃つのは飽きたらしい。


「誰がお前に敬服するか───って、幻…術…?」


 手元が狂い、赤鬼の首ごと柱も斬り裂いた。


「貴様が幻影を纏っておる事くらいバレバレじゃ。顔立ちと筋肉…身長も盛っとるな?」


「は!?いや、マジで!?え、何でバレた!?いつバレた!?」


 錯乱した俺は光の刃で柱もろとも周囲を撫で斬りにする。


「違和感を感じたのは貴様にバラバラにされた時じゃ」


「最初からじゃん!」


 支えを失って崩落する回廊から離脱し、窓を破って広間へ侵入する。


「貴様、実際の体と幻影の重心が攻撃の時ズレとったぞ。まあ多分、貴様が履いとるその厚底のせいじゃな」


 緑の小鬼が黒竜に一蹴され弾け飛ぶ。


「シークレットブーツまでバレてる…!?」


 俺の放った炎の槍が三つ首の犬の横っ腹を吹き飛ばす。


「そんな幻術使っとるからノイズで魔法がブレるんじゃ」


 空中に発生した光の障壁が亡霊を両断する。


「魔法がブレる…?今だって普通に使えてるけど?」


 床が割れ、岩の棘が大蜘蛛の腹を串刺しにする。


「これは貴様と契約して分かったんじゃが、貴様はその類稀な魔力量に振り回され魔法が空回りしておるようじゃ」


「空回りって…俺の魔法ちゃんと動いて無かったの!?」


 暴風の刃が屍人の集団を蹂躙する。


「不可解ではあったんじゃ。油断してたとはいえ竜体の吾を殺しきった貴様が消耗し不完全な吾の障壁一つを破れないというのは理屈に合わん」


「…もしや聖剣で斬ってりゃ行けたのか」


 凍結した人食い花を剣で砕く。


「吾のパワーとスピードに貴様が対応出来るとは思えんがな」


 黒竜の拳がローブの骸骨を粉砕する。


「それは同感」


 牛頭の巨人を光の輪刃で輪切りにする。


「じゃあ試しに幻術解くか。ブーツは…剣で削げば良いか」


 指を鳴らして幻術を解き、靴底を聖剣で斬り落とす。

 目線が数センチ下がった。


「ほう…貴様の素面はちと幼いの。それに背丈もこの吾と大差ないのじゃ」


 上半身が女の蛇に聖剣を突き刺し爆破する。


「俺は成長期だから!まだまだ伸びるから!」


「じゃといいのう…ククッ」


「笑うなよ!」


 黄金の大扉を蹴破り最後の部屋に突入する。


「陛下!城内に突然現れた侵入者によって剛獣将アステルに魔骸将チリー、惑蛇将ギトナまでもがたお───だ、誰だ貴様ら!?」


「通りすがりの勇者だ、名乗るほどではない」


「主の邪竜じゃ、吾は名乗っても良いぞ」


 黒竜の炎が動揺する黒騎士達を飲み込んだ。


「貴様らが侵入者か!…たった二人で魔王城に殴り込みを!?」


「そゆことー。じゃ、あばよ」


「イ、イカれてやがる──」


 首のない鎧を暗黒の手が握り潰す。


「さて、残りは一匹じゃな」


 広間の奥、天幕の向こうの玉座から声が響く。


「闘鎧将デュランをも討ち取るとはな。勇者よ、取引だ、私に忠誠を誓えば世界の半分をくれてや───」


「『火炎槍フレアスピア』」


 炎の槍が天幕を突き破り、シルエットを吹き飛ばす。


「───不意打ちとは卑怯だな勇者よ」


 玉座の影が消え、俺の背後から声がした。


「そっちこそ自分の立場考えやがれクソジジイ。聖剣ブチかますぞ」


 背後に現れたのは王冠を被った青い肌の老人。

 コイツが魔王か。


「無駄だ。私は禁呪によって聖剣の光を克服し、真の不死者となった。我が力をもって貴様らを嬲り殺してやろう!」


「良い啖呵じゃ!貴様なら多少は楽しめそうじゃの!」


 〜数分後〜


「わ、私の──私の完全な肉体が───」


 魔王は暗黒空間に飲まれ消失した。


「……弱っ」


「……弱かったな、魔王」


 黒竜やら使徒やらとドンパチしたせいで勝手に強いもんだと勘違いしていたが、まさかジャブで放った『潰葬奈落タルタロス・フォール』で倒せるとは。


「……でも聖剣対策で神聖魔法無効化してたし、物理攻撃も影化で効かなかったし、ちゃんと頑張ってたよ…多分…うん……」


「……帰るかの」


「……おう」


 余りに呆気なく俺の使命が終わってしまった。

 僅かな達成感と巨大な虚無感に苛まれながら無人となった玉座に背を向け広間を後にしようとしたその時、天窓を突き破り複数の魔物が現れた。

 羽付き一角馬が六匹に三本足の白鳥…?が三匹の計九匹。


「何だ?魔王軍…じゃないなどう見ても」


「此奴ら聖獣じゃな。大昔に神共が飼っとったペットじゃ」


「神様のペットが何故ここに?」


「彼らは僕の部下達さ」


 玉座後方の一際大きなステンドグラスが割れ、見覚えのある使徒が降臨する。


「お二人とも昨日はどうも」


「生きとったかクソ羽虫」


「よ、昨日ぶりだなパシリさん」


「おや?勇者縮んだ?それはそれとして不遜だから殺そう。うん、絶対殺す」


 どうやらパシリさんはカルシウム不足のようだ。


「それと僕の名前はワイトだ!羽虫でもパシリでも無い!」


「へぇーパシリさんワイトって名前なのか」


「羽虫にも名前があるんじゃのう」


「ゴミ共が調子乗りやがって…!命令だ、奴らを殺せアリコーン!ヤタクロウ!」


 聖獣達の瞳が赤く灯り、羽付き一角馬改めアリコーンが突撃してくる。

 俺達を囲い込んでの一斉突撃。

 ただの獣としては異常に統率の取れた動きだ。

 だが俺達相手には少々単純過ぎた。


「甘いわ!!」


 二人は高速の突進を跳躍で回避する。


「どっちが!」


 しかし、それを狙っていたヤタクロウが三方向から光弾を斉射した。


「───残念、障壁バリアじゃ──やれ」


「おうよ!『三重水流檻トリプル・アクアジェイル』!」


 隙だらけのヤタクロウが水塊に囚われる。


「かーらーのー『超過帯電斬ライトニングブレード』!!」


超過帯電付与フルボルトエンチャント』で電流を帯びた聖剣を振るい、電光の刃で三匹纏めてぶった斬る。

 高電圧に耐えかねたヤタクロウは三匹とも感電死し墜落した。


「残りは吾に任せろ」


 黒竜は自由落下を切り上げ、足元のアリコーン目掛けて障壁を足場に突進する。


「──────!」


 着弾地点に選ばれたアリコーンが声なき悲鳴を上げ絶命する。


「ワンツー!」


 間髪入れず放たれた黒竜の拳は正確にアリコーンの頭部を捉え、鈍い破裂音と共に一撃で絶命に至る。


「残り三匹じゃ」


 残りの一匹が角を振るい斬撃を試みるが黒竜はノールックでそれを避け、カウンターの回し蹴りを入れる。

 最後の二匹は物理攻撃を諦め空中から電撃を放つ。


「おっと、それは愚策じゃぞ」


 しかし黒竜には届かない。障壁がアリコーン達を囲い、放たれた電撃は反射しアリコーン達へと降りかかる。

 自身の電撃に焼かれ、墜落する二匹の首を黒竜の手刀が切り払った。


「さて、自慢の部下達は全滅したが昨日の続きといくか?」


 黒竜の挑発には目もくれずワイトは聖獣の骸を冷たく睨む。


「───起きろお前ら。僕の命令はだ」


 その言葉に反応しワイトの頭上に光の冠が出現する。

 光の冠が強く光ると同時に聖獣達の頭上にも光の輪が発生し、光の鎖が聖獣達を吊るし上げる。

 千切れた肉が繋がり、砕けた骨が修復し、焼けた皮膚が再生する。

 息を吹き返した聖獣達の瞳に再び赤い光が灯る。


「ほう、この数を同時に蘇生させるとはのう…これはちと不利じゃな」


焉燿火球プロミネンスフレアで消し飛ばすのは?」


「奴が生きとった手品が分かっとらん以上悪手じゃろうな。同じ事を繰り返すだけじゃ」


 聖獣の攻撃が降り注ぐ。

 空中からの電撃と光弾の飽和攻撃。


「チッ、『煌鱗結界ブレイズスケイル』!」


 ドーム状の障壁が展開される。

 流石は黒竜、これだけの猛攻にさらされても全く傷つかない。

 昨日は本当に不完全な状態だったのだと改めて思い知る。


「ジリ貧じゃな…貴様は何か思いつかんか」


「…聖獣達は光の輪の鎖で蘇生したよな」


「そうじゃな」


「光の輪は光の冠に反応してたよな」


「そうじゃ」


「つまり、蘇生は光の冠を壊せば止められる」


「…今の吾ではこの数の聖獣相手に奴を攻める余裕はないぞ」


「……俺がやる。お前は聖獣の足止めを頼めるか」


「良かろう。貴様の実力、存分に振るうがよい」


 俺とワイトのタイマン。

 聖獣の脅威がなくとも、その差は大きい。

 ワイトの主武装は光の弓矢。射程、連射性、攻撃力、どの要素も俺の魔法を上回っている。

 その上、翼で空中を自在に飛び回る機動力もある。

 対する俺の主武装は魔法と聖剣。光の弓矢の性能を考えても魔法の撃ち合いではなく聖剣による近接戦に持ち込む必要がある。

 地上で射撃を躱しつつ最短距離で接近、滞空時間は最短で斬撃を放つ。


「光の冠は今は消えてる。恐らく、蘇生能力を使うときだけ出現するんだろう。破壊するためにはアレを出現させる必要がある」


「つまり、一度は聖獣を全滅させる必要があるんじゃな。クックック、任せろなのじゃ!」


「───作戦開始!」


 障壁が解除され、降り注ぐ攻撃の中を駆け抜ける。

 俺のミッションは黒竜が聖獣を全滅させる間、ワイトの攻撃を凌ぎきる事。

 俺は無詠唱で『高位魔力強化ハイ・マナブースタ』『高位身体強化ハイ・フィジカルブースタ』『高位感覚強化ハイ・センスブースタ』を発動する。


「おや?勇者のほうが僕に来るんだ」


「昨日の俺だと舐めるなよ!」


「愚かだね───じゃあ死ねよ!」


 ワイトの手元に光の弓が出現し、光の矢が放たれる。


「当たるかよ!」


 強化された動体視力と機動力から放たれた光の矢を回避する。


「へぇ、ならこれはどうだ!」


 再度放たれる光の矢が空中で分裂する。昨日見た拡散タイプだ。


「──────ッ!?」


 だが、分裂した矢はその軌道を大きく曲げ俺の動きを追尾してきた。

 避けきれない矢を斬撃で弾く。


「アハハハ!ほらほらほら!」


 射撃の速度を上げながらワイトは歪んだ笑みを浮かべる。


(あっちはまだか!)


 矢の雨を掻い潜り、一瞬の隙に黒竜の方に目をやる。

 丁度その時、最後のアリコーンが息絶えた。


「おや、また全滅しましたか。さっさと起きなさい」


 再びワイトの頭上に光の冠が現れる。


「───今じゃ!」


「待ってたぜ───『幻惑濃霧ファントムミスト』!!」


 魔法が発動し高濃度の魔力を宿した霧が一帯を包む。


「気配ごと隠蔽する目眩ましですか小賢しい」


「───『四重疾風加速クアッド・ストームアクセル』」


 俺は突風を背に受け、ワイトの背後から高速で飛翔する。

 加速の勢いそのまま、頭上の光の冠を目掛けて聖剣を振り下ろした。


「しまった───なんてなバーカ!」


 光の冠から光の鎖が放たれ聖剣を空中に捕縛する。


「馬鹿が!テメェ如きの狙いなんざバレバレなんだよ!死ねや!」


 ワイトは俺に向けて至近距離で矢を放つ。

 光が一直線に心臓を貫き俺は───


「はぁ!?」


「───バーカ、そっちはデコイだよ!」


 抜き身の聖剣を下段に構える。


「目覚めろ!テイルフェザー!」


 ───【テイルフェザー】。

 自らのを呼ばれた聖剣が脈動し、その刃が光を帯びる。


「ぶった斬る『永光輝剣エリュシーズロード』!」


 剣の軌跡をなぞるように刃に湛えた光がみちとなって解き放たれる。

 放たれた光の奔流はワイトの光の冠もろとも、射線上に存在する一切を消し飛ばした。

 天井に空いた大穴から陽が差し、暗い室内を照らし出す。


「───あ…あああああ!僕のお…僕の光冠ハイロウがあ…!」


「俺達の勝ちだワイト」


「クソが…!ただの人間ごときに!この僕がぁ!」


「ん?こいつはただの人間じゃないぞ。『転生者リィンカー』じゃ」


「り、転生者リィンカーだと!?」


「なんじゃ、本当に知らんかったのか」


「…その前に、お前は俺が転生者だっていつから気付いてたんだよ」


「お前が吾を氷漬けにしたときから」


「また最初からかよ!!」


「いや、ただの人間があんなアホみたいな魔力量を持っとる訳ないじゃろ。ましてクソ神に狙われとるということは十中八九転生者じゃろうて」


「そういや、どうして雷神が俺の命を狙うんだ?転生者って言っても消耗したお前にも勝てないレベルだぞ」


、な。転生者は異界の霊魂を引き継いだ存在。その魂には異界原理が定着しておる。故に、転生者はその魂が世界の理と融合、背反することで予測不能な成長性をその身に宿しておるのじゃ」


「……つまり?」


「要は成長性がヤバすぎて神でもビビっとるってことじゃ」


 成長性か。てっきり転生者ってのは生まれ持った才能が飛び抜けてるものだと思っていた。だが、思い返せば五歳で高位魔法を使えたのも、十歳からの修行で様々な技術を会得できたのも予測不能な成長性によるものと言うことだろうか。


「……ありえない。仮にコイツが転生者だとしても、主がそれを恐れるなど、ましてそれを僕に隠すなど有り得る訳が無い…!」


「じゃから言っとるじゃろ。神って生き物はクソばっかなんじゃ」


「黙れ!この借りは必ず返してやるからな!覚えてろー!」


「いや、逃がすわけ無いじゃろ…ってなぜ止めるんじゃ!?」


「まぁまぁ、光冠は壊したわけだし逃しても大丈夫でしょ」


 それに信じてた神に裏切られ、何も信じられなくなったヒロインを主人公が救い、恋に落ちる。

 なーんて展開になったりして。


「ぐへへ」


「なんじゃ気色悪いの…」


「気色悪いとは失礼な。今日のMVPは俺だろ?」


「なーにがMVPじゃ。あの作戦は聖獣を単身で殲滅した吾のお陰みたいなもんじゃろ。……まぁ、多少は評価してやるぞ


「…レイ?」


「ふん、貴様なんぞ名前を呼ぶには能わぬ。能わぬが何時までも貴様貴様と呼ぶのも面倒じゃからな。名の一部でも呼ばれる事を光栄に思うんじゃな」


「あいよ。じゃあこれから宜しくな


「なっ、貴様は黒曜竜オブシディアと呼べ!略すな!」


「別にいいだろ?シ・デ・ィ」


「どうやら貴様も昨日の続きがしたいようじゃな…」


「の、望むところだぜ…!」


 こうして俺の勇者としての使命は終わり、黒竜との奇妙な共同生活が始まった。


 ◆◆◆


 荘厳なる白亜の霊廟。

 暗雲が天を覆い雷鳴が轟く。


「大いなる我が主よ。かの人間が転生者だというのは真ですか」


 白い翼の女が頭を垂れて主に問う。

 しかし、女に主と仰がれた男は玉座で片肘をついたまま女の問いには答えない。


「…何故戻ってきた」


「───ッ!確かに、僕は勇者を抹殺できず光冠まで失いました。ですがどうか、もう一度チャンスを下さい…!奴は黒曜竜を味方につけました。放置するのは危険です、どうかもう一度僕に命令を。挽回の機会をお与えください」


「…分かった。勇者の危険性への認識を改めよう」


「では───」


「だが、使えぬ駒は用済みだ」


「へ───」


 パチンと男が指を鳴らす。

 空間が雷霆で埋め尽くされ、その後には白い女の姿は無かった。


「あーあ、光冠壊されたりするからで死んじまうんだよ。鎖がなきゃ自分の死を肩代わりさせる事も出来ねぇもんな、クスクスクス」


 赤い髪の女が嘲笑する。

 男はそれを咎めず、反応せず何処でもない虚空を見つめていた。


ているぞ、黒曜竜オブシディア

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