七日目

“いよいよ、だね”


 目覚める直前に、そんな言葉を耳元で囁かれた気がする。

 俺が覚えていたのは、唯一その言葉だけ。


(またあの声かよ・・・・いい加減にしてくれ)


 寝覚めは最悪ながらも、心はどこか弾んでいる。なにしろ、今日はあのドラマの最終回の日なのだから。

 学校に行っても、今日はどこもかしこもドラマの話題で大盛りあがり。

 俺たちのグループももちろんだ。


「じゃ、始まる一時間前からオンラインで繋がろうぜ」

「だな!」


 そんな約束をして、俺たちはイソイソと家路についた。



 ドラマは9時間から。

 最終回だから、終わりは15分拡大だ。

 俺たちは各自早々に晩飯を済ませて、部屋でスタンバった。


『オレはあの看護師長だと思うな』

『いや、隣の家の女じゃね?』

『えー、どう考えてもあの刑事だろ』

『えっ、元カノ説、ナシかよ?!』


 みんな、各々に推理した上で犯人だと思われる人物を挙げていた。

 だが、俺の推理に基づいた犯人は、そのどれとも違っていた。


 と、いつものごとく、指が勝手にメッセージを打ち込み始める。


『僕はね』


(なんて打つつもりだよ・・・・これくらい、俺の考えを打たせてくれよっ)


 そう思いながら見つめる先で、俺の指が打ったメッセージは。


『主人公だと思うよ』


(・・・・ここは、一致してたの・・・・か?)


 俺が思う犯人も、主人公。

 ほっと息を吐き出した数分後には、俺の目はテレビに釘付けになっていた。



(よっしゃあ!ジュース1本ゲット!)


 最終回を観終え、メッセージを送ろうとした俺の耳元で、あの声が囁く。


“もうそろそろ、いいかな?”

「えっ?なにが?」


 思わずそう返した俺に、声が更に囁く。


“返してもらっても”

「返すって、何を?」

“僕の、


 とたん。

 周りのすべての音が消え、視界が閉ざされた。



(あれ・・・・ここって・・・・?)


 気づくと俺は、あの三叉路にいた。


「キミ、ここにしがみついて離れそうもなかったからさ」


 すぐ隣には、俺が立っていた。

 いや。

 ついさっきまで、俺に体を貸してくれていた歌詩うたしが。


「心残りだったドラマの最終回観せてあげれは、成仏してくれるかなって思って」


 今俺は、全てを思い出していた。

 俺は先週の今日、ちょうど今頃の時間、この場所で事故に遭って死んだんだ。

 だけど。

 あのドラマの最終回がどうしても気になって、ここから離れることができなかった俺に、通りがかった歌詩が体を貸してくれた。

 俺がずっと感じていた腹の底のゾワゾワは、俺の魂と体の不一致からくるものだったのだろう。


「ねぇ。成仏できそう?」

“ああ、多分な”

「そっか、それは良かった」


 屈託の無い笑顔で、歌詩はニコッと俺に笑いかける。


“なぁ、ひとつだけ聞いていいか?”

「なに?」

“俺の母ちゃんとか父ちゃんとか・・・・”

「ごめんね、それは僕には分からない。お迎えに来た人に聞いてみたらいいよ、きっと教えてくれるから」

“もうひとつだけ聞いていいか?”

「うん、いいけど、もうすぐお迎えの人が来ると思うから、手短にね」


 嫌な顔ひとつせずに、歌詩は頷く。


“お前、いっつもこんなこと、やってんのか?大丈夫なのか?”

「いつもじゃないけど、たまにね。僕と波長が合わない人には、体を貸してあげることはできないし」


 何でもないことのような歌詩の言葉に、俺は驚いた。

 年だってそう変わらないだろうに、歌詩の顔は酷く大人びているように見えた。


「あ、お迎えの人が来たよ。今度はちゃんと成仏してね」


 フワリと浮かび始めた俺に、バイバイ、と歌詩が小さく手を振る。


(もし生まれ変わることができたら俺・・・・お前と友達になりたいよ、歌詩。ありがとな)


 迎え人に手を引かれながら、俺はガラにもなくそんなことを思っていた。


「僕もだよ。キミと推理の話でもしたいな。完璧だったもんね、僕たちの推理」


 遠くの方から、歌詩の声が聞こえたような気がした。


【終】

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