六日目

 いつも通りの学校生活。

 でもやっぱり、違和感は拭えない。


(俺・・・・ほんとに俺、なのか?)


歌詩うたし、また何かおかしなこと考えてんのか?」


 学校からの帰り道。

 黙り込んでいた俺に、一緒に帰っていたクラスメイトが興味津々な顔で聞いてくる。


「なにその、『またおかしなこと』って」

「いいから、言ってみ?」


 俺の抗議を気にもせず、ニコニコとした笑顔を見せるクラスメイトに、俺はポロリと本音を漏らした。


「僕は・・・・ほんとに僕、なのかな」

「えっ・・・・えっ、えぇっ?!」


 クラスメイトは目を真ん丸に見開いて俺を見つめ、


「なにその哲学的な感じ。つーか、禅問答的な?どうした、やっぱ頭打った影響か?」


 と、俺の額に手のひらを伸ばす。


「うん、熱は無いな?」

「もうっ、なんだよっ!真剣に考えてたのにっ!」


 茶化すような彼の態度が気に障り、彼の手を振り払って俺は早足で歩き始めた。

 そんな俺を走って追いかけてきたクラスメイトが、俺の手を掴んで言った。


歌詩うたしは、歌詩うたしだよ」


 彼の目は、真剣そのものだった。


「大丈夫。歌詩うたしは、歌詩うたしだ。オレが保証する」

「・・・・ありがとう」


 ほんの一時いっとき

 ここ数日で初めてと言っていいほどに、俺の腹の底からゾワゾワが消えた。

 だから俺は、思い切って彼に確認してみた。


「あのさ、僕って、その・・・・事故とかあった事、あるっけ?」

「はぁっ?そんなの、聞いた事ねぇぞ?」

「そう、だよね・・・・あはは」


 せっかく消えたはずの腹の底のゾワゾワが、また少しずつ湧き出し始める。


「じゃあさ、あの三叉路で」

“だからさ、余計な事は考えない方がいいって”


 不意に耳元でまた、聞き覚えのある声が俺に囁やきかける。


「えっ?!」

「どした、歌詩」


 驚いてキョロキョロと辺りを見回す俺を、クラスメイトは不思議そうな顔で見ている。


(コイツには、聞こえてないのかっ?!)


「あ、うん。なんでもない・・・・あはは」

「今日も早く寝ろよ?明日はいよいよ最終回だからな、あのドラマ。観る前にみんなで犯人予想して、観終わってから答え合わせしようぜ!」

「うん、そうだね」


 じゃあな!


 と、分かれ道で手を上げる彼に手を振り返し、俺はひとり家へと帰った。


「ただいま」

「お帰り、歌詩。大丈夫だった?なんともなかった?」

「ありがとう、お母さん。大丈夫だったよ。もう本当に何ともないから、そんなに心配しないで」


 心配顔で優しく出迎えてくれた母ちゃんの姿に、腹の底のゾワゾワは膨らむばかり。


(だいたい、俺の母ちゃんていつもこの時間家にいたっけ・・・・?)


 口に出しかけて、その言葉を飲み込む。

 どうせまた、あの声に止められそうな気がして。


(つーか、誰なんだよほんとに。気味悪いな)


 部屋に戻って恐る恐る鏡を覗いて見るものの、そこに映っているのは俺ひとり。

 他の誰かが見えた所で、悩みの種が増えるだけだけど。


(明日に備えて、今日も早く寝るか)


 明日はいよいよ、あのドラマの最終回が放映される。

 そう思うと。

 腹の底のゾワゾワが、少しだけ治まったような気がした。

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