無断転載すな

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

「無断転載すな」

「おっ、早速いっぱいイイネついてる!」


 先ほどTwitterにアップしたばかりの、人気アニメキャラクターの生誕祭イラストが早くも100イイネを突破したのを見て、タカシは満足げに笑った。と言っても、このイラストはタカシが描いたものではない。他の神絵師のイラストを無断転載したものだ。これは努力の嫌いなタカシにとって、お手軽に承認欲求を満たせる手段であった。


「さて、次の生誕祭は誰のイラストを転載しようかなっと……」


 新たなターゲットを探して画像検索をしていると、スマホに通知が届いた。どうやらまたリツイートされたらしい。どれどれ、お褒めの言葉でもいただけたかな、とリツイート先を見に行くと。


「……ゲッ」


 リツイートをしていたのは、イラストを描いた絵師本人のアカウントであった。しかし、そこには無断転載を咎めるようなツイートは投稿されておらず、代わりに一枚のイラストが貼られていた。


「なんだこりゃ」


 そのイラストは、絵師がこれまで投稿してきたアニメ調の画風とはまったく異なる写実的なものだった。どこか懐かしさを覚える畳の和室で、小さな赤ん坊を抱いた女性が一人、穏やかに笑っていた。


「こわ」


 とはいえ、いきなり名指しで怒られなかったのはラッキーだ。本格的に炎上する前にブロックして逃げることにした。


※ ※ ※


 数週間後、友人のアカウントからDMが届いた。


”このハッシュタグ見たか?”


 そこに貼られたリンクをタップすると、あるハッシュタグの検索結果へ飛んだ。


”#タカシ生誕祭”


「はあ? なんも出ないが?」


 友人のイタズラかと思い、文句の返信を入力している最中……ふと気づいた。タカシは例の絵師のブロックを解除し、もう一度リンクを開いた。すると、ずらりとかの絵師による写実的なイラストが並んだ。


「おい、なんだよこれは……」


 それはタカシを描いたイラストだった。サッカーボールを追いかける高校時代のタカシ。この頃にはもう絵の道は諦めていた。それから、教室で絵を馬鹿にされた中学時代のタカシ。これがきっかけで絵を描くのをやめた。そして無邪気に絵を描いていた小学生時代……。


「……………………」


 ああ、そうだ、この頃はまだ……。


「……いや、待て。そんな場合じゃない。問題は、こいつがどうして俺の個人情報を掴んでいるのかだ」


 あらためて最新の投稿へとスクロールする。


「なっ……!」


 そのイラストには誰も映っていなかった。


 代わりに、一枚のドアが描かれていた。


 スクロールバーが動いた。


 次のイラストが投稿されたのだ。


 扉は、開いていた。


 背後から吹く夜の冷たい風がタカシの頬を撫でた。


 ……振り向くと、開いた玄関扉の向こうに誰かが立っていた。夜の闇に紛れて、その表情はわからない。


「な、なんだよ……! 俺は、ちょっと絵を借りただけだぞ……!」


 その言葉が余計に怒りの火に油を注いだ。相手は躊躇いなく部屋の中へ押し入ってくると、タカシの襟首を掴んで言った。


「あたしゃ、そんな子に育てた覚えはないよ!」


「お、お母ちゃん」


 血は争えぬ。推し作品かぶりが悲劇を生んだのだ。母はタカシを床に放り投げると、その場にあぐらを掻いて説教を始めた。


「いつも言ってるだろ。自分で努力して描かなきゃ意味がないって」


「だって……メンドくさいし」


「ハア、情けないったらないねこの子は!」


「だって、今は母ちゃんたちの時代とは違うんだよ。経験を積もうったって、もう絵を描いてくれる人間自体がほとんどいなくなってるんだからさぁ。そもそも絵師が減ったのって、母ちゃんたち初期AIが無断でアップロードされたイラストを使って好き勝手な作品を生成しすぎたからだろ~」


「うるさいねこの子は! 小説ばっかり生成してるからそうやって口答えだけ一丁前になるんだよ!」


(あーあ……AI絵師には生きづらい時代になったもんだよ)


-おわり-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無断転載すな 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ