新人声優の文化祭 【お題 猫の手を借りた結果】

 どうも、学生業の傍ら、声優をさせてもらっている者です。……といっても、まだまだ駆け出しの新人なんですけどね。


 ところで皆さんは、文化祭に参加したことはありますでしょうか。


 はい、あのクラスや部活毎に出し物をする、あの文化祭です。


 実は私、新人にも関わらずラジオ番組をさせていただいておりましてですね。いえまあ、一緒に番組をしている、元子役で実力も経験も既にある、あの子のオマケだというのは重々承知しておりますが。で、その収録日がちょうど文化祭の日程と被りましてですね。


 はい、時間的には学校が終わってからでも収録には間に合うのですが、文化祭って何時に終わるのかよくわからないですし、普段の授業と違って何をするのかも不明なので、体調を崩して収録に影響が出てはたくさんの方に迷惑をかけてしまいからね。ですので今回の学校行事は欠席しようかな、と思っていたのです。


 ですがそのことを相談した事務所もマネージャーさんも先輩方も、「プロとしてその姿勢は大事よ。でも今後、一日にいくつもの仕事をする日が来るかもしれない。その時はどうする? それに仕事を理由に学業を疎かにするのはウチの方針ではないわ。だから文化祭に行ってきなさい。もちろん、体調は最優先だけどね」「確かにお仕事はとても大事です。でもいろいろなことを経験するのも役者にとって大事ですよ」「いい、青春は一度きりしかないの! 今、楽しむことも大事なの!」「いつまでも、あると思うな若さと青春」と、皆さんそれはそれはもう、力説されまして。

 ええ、後半二つは学生の頃から活躍されている先輩方のお言葉なのですが、以前似たような相談をした時に、なんだか闇の深そうな呟きが漏れ出したので、今回は素直に周囲の助言に従い、学校行事に参加することにしました。




 そんなわけで私は今、文化祭に参加しています。


 日程は二日間で、ラジオの収録は昨日でした。ですので申し訳ないな……と思いながら一日目は体調最優先で大人しく過ごさせてもらいました。おかげでラジオの収録を無事に終えられた私は今日、やる気に満ちています! がんばります! ……はい、少々見栄を張りました。


 というのも私のクラスの出し物は『甘味喫茶』。要するにスイーツのお店です。

 それで役割分担の時に、料理の得意な子は調理担当、アルバイトなどで接客の経験がある子は接客担当、手先の器用な子はお店の飾り付けや衣装担当、と得意分野を活かす方向になりまして。

 そんな中、駆け出しとはいえプロの声優である私の得意なことといえば! ……はい、特にありません。


 自慢ではありませんが、ゲームに例えるなら私のステータスは声優関連の項目に全振りされています。ですので当然、料理はできませんしアルバイトの経験もありません。ついでにいうなら手先も器用ではありません。……ほんとに自慢にならない……。

 そんな役立たな私が選んだのはもちろん……雑用係。そもそも私のように得意なことのない子はみんな雑用係ですからね。


 というわけで私は今、雑用をがんばっています。


 といっても、調理班の邪魔にならないよう、いつの間にか減っている食器類の補充をしたり、いつの間にかいっぱいになっているゴミ袋を交換したりと、はい、裏方中心の、本当に雑用です。

 嬉しいことに、一日目のみんなのがんばりで「あのクラスのスイーツは美味しい」という噂が広まっているようで、今日は昨日よりも忙しくなっています。正に猫の手も借りたいくらいです。……私? 私は猫の手以下なのは自覚してますので、一生懸命、雑用をさせていただく所存です。

 それに今のところ、なんとかお店は順調に回っているようですし、これならなかなかの売上が見込めるんじゃないかな、と思っています。


 しかし、そんな時ほど何かが起こるもの。順調そうに見えた私達のクラスで、その問題は起きました。


「パックが余りそう?」


 という、クラスの総指揮官である委員長の声。

 はい、うちのクラスは喫茶店ですので基本はこの場での飲食となりますが、食べ歩きたいとか何処か外で食べたいといったお客様用に、テイクアウトにも対応しています。そのパックが今のペースだと余りそう……と。予想よりもお店で食べていかれる方が多かったみたいです。


「…………勿体ない」


 そう呟いたのは、手元への視線はそのまま、真剣な様子でスイーツを作り続けている、料理が好きで今は調理担当の私の友達。ちなみに彼女は今、ジャージの上にエプロン、頭にはスカーフ、口元にはマスク、と完全防備です。正にプロの衛生管理です。……いえ、プロでなく学生ですけどね。


「……委員長、パックが余りそうなら、外で販売してみるのもアリじゃないかな? 食材はまだ余裕あるし」

「……移動販売か。そうね、それもアリかもね。みんなはどう思う?」


 その場にいる人達で簡単に採決を取り、賛成多数ということで作戦は可決。即実行。みんなやる気です。うんうん、うちのクラスはノリが良いですね。


「あとは人員ね……。とはいえ、今は猫の手も借りたいくらい忙しいし……」


 と、そこで、委員長と私の目が合いました。


 ん?




 何で? 何で私は今、ここにいるんだろう……?

 クラスの一員として、微力ながらも雑用をがんばっていただけなのに……。

 それが何で私は今、飾り付けられ、大量のスイーツを持たされ、メインストリートともいえる校門から校舎へと続くこんな目立つ場所で、売り子さんの真似事をしているんだろう……?


「……いらっしゃいませー」


 ぽつり、とそう呟いたのは、同じ雑用係で比較的手の空いていた、猫好きな私の友達。ちなみに彼女も「なら目立つように衣装いるよね? 大丈夫、足りないのは部活から借りてくるから!」という、人を飾り付けるのが大好きな衣装班&演劇部の子達の被害者です。私は若草色の着物に紺色の袴、彼女は深い藍色のワンピース、その上からお揃いのフリルの付いた白のエプロンをしています。コンセプトは和風&洋風メイドだそうです。ついでにいうと私の髪もヘアメイクさんのいるお仕事の時のように丁寧に編み込まれ、可愛い感じにセットされています。隣の彼女は丁寧に髪を梳かされたあと、ハーフアップにまとめられております。「私、前から一度着飾らせてみたかったんだよね」「そうそう、二人とも素材は悪くないんだから」とは衣装班の子達のお言葉。……はい、一仕事を終えた彼女達の顔は、とても充足感に満ち溢れていました。


「……い、いらっしゃいませ〜」


 と、私も意を決して声を出してみるものの、大勢の人で賑わうこの場所では、私達のか細い声は掻き消えてしまいます。


「……無理」

「……だよね」


 こういったことには向いていない私達は、二人で途方に暮れる。

 お仕事でも経験のない、こういった不特定多数の人がいる場所では、元々目立つのは得意ではない私は、どうしても萎縮してしまう。


 ……お仕事。


 もしかしたら今後、イベントなどのお仕事で、今以上の人数の人達の前で、話さないといけない時が来るかもしれない。


 それに今はクラスの一員として、できることはがんばりたい。がんばっているクラスのみんなに恥ずかしくないよう、できることはやってみたい。


 私は駆け出しの新人とはいえ、声優だ。

 人見知りしがちな普段の私にはできなくても、売り子の和風メイドという役なら演じられる。駆け出しでも新人でも関係ない、プロなら、できないとは言ってはいけない。


 それにそんなことを言っていては、あの子には一生、届かない。


 目を閉じて、毎日している腹式呼吸に切り替える。


 すー、はー。すー、はー。


 大きい声じゃなくていい。必要なのは、通る声。


 目を開ける。


 ……集中。……よし。


「『いらっしゃいませー。運試し! たこ焼き風スイーツですー。甘くて美味しいですよー。おひとついかがですかー』」


 イメージするのは、一緒にラジオ番組をしている、あの子の声。透き通っていて、不思議とよく通る、あの声。……もう一度。


「『いらっしゃいませー、運試し! たこ焼き風スイーツ、ですー♪ 甘くて美味しいですよ~♪ おひとついかがですかー♪』」


 今度は声のトーンにも気を配り、朗らかな調子で、なるべく美味しく聞こえるように声を乗せる。


 すると────


「ねえねえ、たこ焼き風スイーツって何?」


 と聞いてくる大学生くらいのお客様が。


「はい、こちらは蛸の代わりにあんこ、チョコ、ホワイトチョコが入った、たこ焼き風スイーツとなっております♪ お一ついかがですか?」

「運試しって?」

「はい、実はこの中に一つだけ、本物のたこ焼きが入っているんです♪ 一人で楽しんでもよし、みんなで楽しんでもよし、の、くじ引き風スイーツとなっているんです♪」

「へー、そうなんだ。面白そう♪ 一つちょうだい」


 その声を皮切りに、「こっちも」「私も」と、いつの間にか周りにいた人達からの注文が殺到。


「は、はい、ありがとうございますっ♪」


 私が即興で役作りした人当たりの良い売り子さんを演じてお客様に対応をし、計算に強い友達が会計をしてくれる。みるみるとスイーツは減っていき、おそらく五分もしないうちに売り切れた。見事完売。


「売れた……」

「売れたね……」


 その事実に。二人してしばし呆然とする。


 少しして。彼女がぽつりと呟いた。


「……猫」

「猫……?」


 意味がわからず私が首を傾げていると。


「猫の手ならぬ“猫の声”。……流石ひより」


 と、私が声優だと知っている友達が、にやり、と笑う。猫好きの彼女からすると、おそらく、最上級の褒め言葉。


「良い声」

「そ、そうかな……あ、ありがとう」


 ふと素に戻った私は、彼女のその言葉に、急に照れ臭くなってしまう。あんな大胆なことができたのは、きっと、このお祭りの空気に当てられたせいだと思う。


「さ、帰ろう。……多分また、追加がある」

「う……、が、がんばる……」


 二人で一緒に、クラスへと帰るべく歩き出す。文化祭という、特別な空気に包まれて。

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