幼かった私の、お気に入りのヒーロー 【お題 私だけのヒーロー】
「おいしかった~♪」
「うん、あれは旨かった」
そんな二律背反な事情を抱えた私達姉弟による、評価サイトの口コミやSNSでの評判や感想などで、味の他にもネギを使っているかどうかを徹底的にリサーチし、厳選に厳選を重ねた結果選ばれた、とあるラーメン屋さん。
かつおや煮干しといった海産物で出汁を取った、濃厚でトロみのある魚介醤油のスープに中太の麺。トッピングのチャーシューは中までしっかりと味が染みていて、口に入れればほろほろと溶けるように簡単に噛み切れる。味付きの半熟玉子白身はぷりっぷりで黄身はとろとろ。そのまま食べて良し、麺に絡めて良し、スープと一緒に飲んで良しと、スープと麺とトッピングが、正に三位一体のおいしさだった。
しかも、サイドメニューのミニチャーシュー丼にスープをかけて食べると、コレまた違ったおいしさがあるという、正に一杯で二度おいしい。しかも私達のような学生にも優しいリーズナブルなお値段という、とても素敵なお店。
「また食べたい」
「確かに。でもそれはそれで新規開拓できないというジレンマ」
「でもまた食べたい」
「確かに」
おいしいごはんを食べた多幸感に包まれ、まったりほわほわとした気分で、帰りの駅までの道を二人で歩いていく。
「あ、あれって……」
ふと目に留まったのは、どの街にもあるような、一軒のゲームセンター。その、出入り口辺りの目立つ所にある、とあるぬいぐるみのUFOキャッチャー。
「うわー、懐かしいー」
小学生の頃にクラスで流行った、友達になったモンスターを育てたり競わせたりするゲーム。いや、今でもCMで観たりするし、子供達の間では人気なんだろうけど。そのキャラクターのぬいぐるみがこれでもか詰め込まれている筐体へと、吸い込まれるように近づいていく。
「ん、何? 寄るの?」
「あ、これって……」
多彩なぬいぐるみ達の山、その中の一つが、私の目を釘付けにした。
「あー、空、よくコレ使ってたよな」
いまいち何の動物をモチーフにしたのかわからない、ちょっと、ぬぼーっ、とした感じのモンスター。
「……誰も使ってなかったのに」
「ぐうっ……」
そう、動物や植物といった様々なものを模した多彩なモンスターが存在するゲームだけど、大体みんな強いのとか格好いいのとか可愛いのとかばっかり使っていて、私がメインで使っていたこの子は、クラスの誰一人として使っていなかった。こんなにカッコ可愛いのに。……でも。
「ふっふっふっ……見たか、りっくん! こうしてぬいぐるみになっているということは、やっぱりこの子は人気があるんだよ!」
「その割には数が少なそうだけど?」
「……大人気でみんなが取っていったから、残りが少ないんだよ!」
「人気がないから、最初から数が少ないだけでは?」
「あーもう、ああ言えばこう言う!」
「事実だし」
うぬぬぬぬ。お姉ちゃんに口答えするとは可愛くない弟だ。確か今月はまだ……少しお財布に余裕があったはず。……よーし、見てろよー。
「何? やるの?」
「やる!」
お財布を取り出してお金を投入。ピカピカと光出した矢印の付いたボタンをタン、と押す。
慎重に……慎重に……。
ゆっくりと横へ動き出した景品を掴むためのアームが、目的のあの子と揃う位置に来た所でボタンを離す。
「ふー……」
まずは第一段階クリア。あとは……。
一旦筐体の横に移動して、ぬいぐるみの位置を確認。…………よし。
再びボタンのある所に戻り、今度は縦方向の矢印の付いたボタンを押す。
ゆっくり、ゆっくりと奥へと移動していくアームの動きに全集中。目標のあの子の真上に来た瞬間、パッと、ボタンを離す。
「よしっ」
「おっ」
という私とりっくんの声が重なる。
うん、結構いい感じの所で止まったんじゃないかな。
こちらの緊張を煽るかのようなゆっくりとした動きで、にゅーっと、アームが降りていく。
マジックハンドのような先端が開き、ぬいぐるみに当たった所でアームが止まる。すぐさま先端が閉じていき、がしっと、あの子を掴む。
行けっ!
少しの間のあと、アームが徐々に上がっていき、頼りない先端に挟まれたあの子が──一緒に上がっていく。
よっし!
そのまま一番上まで引き上げられると、今度は今までの動きを逆再生するかのように、アームが奥から手前へと戻り、そのまま取り出し口へと向け、横へ横へと移動していく。
行けっ……行けっ!
ゆっくりとしたアームの動きの振動で、弛く掴まれたぬいぐるみも一緒に、ふるふると揺れる。
もうちょっと……!
緩慢なアームの動きがひどくもどかしく思え、時間の流れがゆっくりと感じる。
あとちょっと……!
私の祈りが通じたのか、なんとか取り出し口にたどり着いた──と思う直前、ポトリ。と、無常にもぬいぐるみが落ちた。
「んにゃーーーーーーーーーー!」
「あー、残念」
対照的な私達の声が口から漏れる。
「もうちょっと! もうちょっとだったのに!」
「まー、しゃーない」
「というかりっくん! 反応が薄くない!?」
「そんなことない。惜しかった惜しかった」
そう、全然惜しくなさそうな顔で言う我が弟くん。
……くっそー。
「何? もっかいやるの?」
「やる! 両替してくる!」
お店の中を見回し、両替機らしき物を見付けてダッシュ!
「店の中は走るなよー」
「くっ……」
……しようとしたところで、弟くんからまるで私の動きを先読みしたかのような注意が飛ぶ。くそぅ、これではあっちがお兄ちゃんみたいじゃないか。
でもまあ確かに、今日は休日で私達以外にもちらほらお客さんはいるし、色んな筐体があって意外と通路は狭いゲームセンターの中を走るのは危ないので、ゆっくりと歩いて両替機へと向かう。
お財布から千円札を取り出して……でも待って。この千円があれば、さっきのラーメンがもう一杯食べられる上にお釣りまで返ってくる……。いやでも……あそこまでぬいぐるみが行ったんだから、あと一回……いやでも横向きに倒れたからもしかするとあと二回……最悪三回もあればいける! ……いやでも今回のお店は意外と近かったから交通費はたいしたことなかったけど、次に見付けたお店が遠かったら電車賃が……。それに次行くお店もリーズナブルとは限らないし……。いやでも、あそこまでいい位置に行ったんだから……。
頭の中で、食欲と物欲の天秤が、シーソーのようにギッタンバッタンと上がったり下がったりするのを感じながら……とりあえずお金を崩すだけなら損はしないよね! と自分の中で結論付け、両替だけはしてUFOキャッチャーの所へ戻る。
筐体の前では待ちくたびれたのか、りっくんが暇そうに、こちらを向いて待っていた。
「はい、やるよ」
そう言ってどこに隠していたのか、ポン、とソレを渡してくるりっくん。私がさっきの取ろうとしていた──あのぬいぐるみだ。
「えっ、なっなんで!?」
「取った」
一体いつの間に。……そんなに両替機の前で悩んでたかな、私?
「いいの……?」
目の前の弟くんの様子を伺うように、そろ~っと、りっくんの顔を見上げてみれば。
「いいよ」
と、何でもないかのような表情で私を見ている。
「……何か企んでる?」
「……人の好意は素直に受け取りなさい。それにまあ、あそこまで行ったんだから、ほとんど空が取ったようなもんだろ?」
私の手の中に納まったぬいぐるみを、じっと見つめる。子供の頃、この子がなんとなく、そう、なんとなく……りっくんに似てる気がして、よく使ってたんだよなぁ。
生まれる前から一緒にいる、私の半身。双子の弟。
クラスの誰も使ってなくても。
ううん、例え誰かが使っていたとしても、この子は、私だけの
「じゃあ……うん、ありがとっ♪」
そう言って私は、
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