探偵少女の業務外日誌 【お題 出会いと別れ】
彼、を初めて見たのは、一体いつ頃だっただろうか。
ある時は学校へと行く途中の朝日の中で。
ある時は学校から帰る途中の夕焼けの中で。
ある時は休日の公園の陽だまりの中で。
彼はいつも、凛、とした佇まいで、そこにいた。
話したことはない。当然、名前も知らない。
でもいつの頃からか、不意に、目が合うようになった。
まあ、こちらが見ているのだから、向こうがこちらを見れば、視線が合うのは当然だけど。
それでも。
ある時は学校へと行く途中の朝日の中で。
ある時は学校から帰る途中の夕焼けの中で。
ある時は休日の公園の陽だまりの中で。
ふと、視線を感じてそちらに視線を移せば──じっ、と、こちらを見る彼がいたので、向こうも私を、認識はしていたのだと思う。
たまに会い、近づくでも何かを話すでもなく、ただ、じっ、とお互いを見る。
そして、次の瞬間にはそれぞれの目的地へと歩き出す。
そんな、関係ともいえない奇妙な関係は、しばらく続いた。
そう────続いた。過去形である。
最近、彼を、見ない。
「それで? その彼を捜すのが、今回の依頼?」
隣を歩く幼馴染の少年、
それにしても……同い年なのに、性別が違うというだけで年々身長差が開いていく。解せぬ。そういえば料理好きの友人も「私はもう……いやまだ……ちょっとしか伸びてないのに、弟はまだ身長伸びてる。悔しい!」と言っていた。うん、私の見立てでは、君の身長はもう……。だが、その言葉は私にも効くので、彼女にその事実を告げることはない。……今は目の前のことに集中しよう。
「違う。依頼じゃない。私の個人的興味」
私の家は探偵事務所である。なので簡単な依頼を手伝うこともあるが、今回は関係ない。
たまに会う彼を最近見ない。それだけだ。
そもそもどこに住んでいるのかも知らないのだ。ただ、今日、その彼を見かけた場所を辿ってみよう、と思っただけだ。
だいたい、もし事故や事件に巻き込まれているのなら、すでに然るべき組織が動いているはずである。
そもそも家族が探偵であるというだけの、一介の学生に過ぎない私に、できることなどない。せいぜいがいなくなったペットの捜索や浮気調査の証拠固めくらいだ。
だからこれは、ただ、私が、何かをして、何もなかったことで、彼に何もなかったのだと──強引に結び付けて、私が安心したいだけという、つまりは自己満足だ。
「……それで、えるさん? 今その頭の中で考えていることは言語化してくれないんですかね?」
「ん。めんどう……」
「ですよね…………」
「それに私が何か言わなくても頼はここにいる。なら説明は不要……」
「いや説明はいるんじゃないですかね!?」
「それで、何か捜す当てはあるの?」
「とりあえず彼を見かけた場所を巡る予定」
「二人で?」
「二人で」
「それってデー……、……出たとこ勝負というか、行き当たりばったりって言いません?」
「ノープランともいう」
「確信犯!」
「のこのこと着いてきたということは、特に予定はないはず。…………まさか、このあと何か用事が?」
「……いやうん。特に用事はないけど、まさか、っていう言葉のチョイスは酷くないですかね?」
「事実」
「もっと酷い!」
軽口を叩きながら頼と二人、彼をよく見た、普段私がよく通学に使う道を歩く。
歩く。捜す。歩いて、捜す。
彼を見かけた公園を歩く。
歩く。捜す。歩いて、捜す。
もしかしたら、という思いで、彼を見たことがない場所でも、頼と二人、思い付いた場所を、捜した。
結局、彼は見付からなかった。
「ちょっと休憩しない?」
「ん」
結構な時間を二人で歩き回り、喉の乾きに気付いた私は、頼の提案に短く頷くと、近くの喫茶店へと向かう。
「あ……」
どの街にもあるような、賑わっているでも寂れているでもない、普通の喫茶店。
その店の前に、彼は、いた。
────隣に、知らない女を、連れて。
「これが……寝取られ」
「今なんかとてつもなく物騒な単語が聞こえてきたんですけど!?」
「……いやあれか。別に関係があったわけじゃないからこれは……“私の方が先に好きだったのにっ!” というやつか……」
「いや待ってだから何の話!?」
私は失礼かもしれないが、すっ、と、人差し指を上げ、彼を指す。その先には──
「…………猫?」
「そう、猫」
凛、と立つ黒猫である彼の隣に、すっ、と寄り添う白猫の彼女がいる。
「どう見ても恋人」
「えっ、いや確かに猫が二匹いるけど、見ただけだと恋人とか以前にオスとかメスとかわからな……」
「普通わかる」
「いや普通はわからないんじゃないですかね!?」
「これだから頼は……」
「なんかディスられた!」
いつものように──いや、今回は隣に彼女がいるが、彼は、じっ、と、こちらを見ている。近づくでも何かを話すでもなく、ただいつものように、凛、とした佇まいで、そこにいる。私もいつものように、じっ、と、彼を見る。…………だが今日は、少し違った。
「ニャア」
という、短い鳴き声。まるで「さようなら」とでも言うように。だから私も、
「にゃあ」
と、短く返事をする。「さようなら」という意味を込めて。
少しの間のあと、ふいっ、と、彼は彼女を連れて、いつものように、自らの目的地へと消えていった。
彼らの姿が見えなくなるまで、私は、その場に、ずっと立っていた。
「えーと、えるさん……?」
「何?」
「あなたが言っていた彼っていうのは、あの黒猫のことで合ってる?」
「そう」
「はー、なるほどね……」
そう言って、なんだか納得したような、とても安堵したような顔をする頼。だが私は、そんな彼を横目にしつつ、言い様のない感情にぐるぐると思考を支配されていた。でも。
「それで、えるは今、悲しい?」
私をえる、と呼ぶ時、頼人の目は、いつもより真剣である。そしてその瞳で見つめながら、いつものように、彼は優しく、私に語りかける。
「悲しい……悲しくはないと思う」
「じゃあ寂しい?」
「寂しい……うん、少し寂しい」
「じゃあ……嬉しい?」
「嬉しい……うん、嬉しい」
そうだ、彼ともう会えないのは寂しいけど、彼に寄り添う存在がいることは──素直に、嬉しいと思う。
いつの頃か頼は、私が思考の海に沈んで考え込んでいると、こうして気持ちを言語化して、思考を整理してくれる。本人は自らの名前に思う所があるようだが、私にとってはとても、頼れる人だ。
「ありがとう、頼」
「どういたしまして、える」
そう言って微笑む彼の顔を見ていると、不思議と、私の心も、嬉しくなった。
後日。
[見て見て、えるちゃん! カレンちゃん家の猫さんだって!]
という、声優をしている友人からのメッセージと共に、あの日見た、白猫の画像が送られてきた。隣にはもちろん彼──あの黒猫がいる。
私が猫好きだと知っている友人達は、こうしてよく、猫の画像を送ってくれる。
[なんかね、元々飼ってた白猫さんが、最近黒猫くんを連れて帰ってきてね。なんだか仲良さそうだし、どうせなら一緒に飼おうか。って話になったんだって]
というメッセージのあと、今度は仲良く寄り添う黒猫と白猫の画像が送られてきた。
天宮カレン。声優をしている
「……やらしか女ばい…………!」
「何か物騒な言葉が聞こえたんですけど!? あとどこの方言!?」
隣にいた頼が何か言っているが、私の思考は、あの可愛い白猫ちゃんだけでは飽き足らず、凛とした黒猫くんまでまんまと手に入れた、天宮カレンのことでいっぱいだった。
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