新人声優の林間学校【お題 焼き鳥が登場する物語】

 どうも、学生業の傍ら、声優をさせてもらっている者です。……といっても、まだまだ駆け出しの新人なんですけどね。



 ところで皆さんは、林間学校に参加されたことはありますでしょうか。


 はい、あの集団で山登りしたりキャンプしたりする、あの林間学校です。


 私の通っている学校でもこの行事がありましてですね。でもちょうど同じ日程の日に、今大人気の漫画が原作のアニメのオーディションがありまして。ええ、守秘義務があるので作品名は出せないのですが、アニメ化前にも関わらず、すでに売上ランキング常連という人気作です。


 ですので私も「どうしようかな。人気の作品だからきっとベテランさんも参加して競争率高いだろうし、もし受かったとしても友人Aとかお店の人とかの役だろうけど。でも万が一もあるかもだし、そもそもオーディションを受けなければ可能性はゼロだし……」と、学校行事は欠席しようかな、と思っていたのです。


 ですがそのことを相談した事務所もマネージャーさんも先輩方も、「うちはあくまで学業優先。今回はご縁がなかったと切り替えて、林間学校に行ってきなさい」「オーディションも大事だけど、いろいろなことを経験するのも役者にとって勉強になるから」「いい、青春は一度きりしかないの。今、楽しむことも大事なの」「若い時の苦労は買ってでもしろっていうでしょ? 青春も一緒」と、事務所の方もマネージャーさんも先輩方も、それはそれはもう、力説されまして。

 ええ後半二つは学生の頃から活躍されている先輩方のお言葉なのですが、何かあったんですか? と聞いたところ「何も、ええ何もなかったのよ……」「あの時、もしもあの時参加していればもしかしたら……」と、なんだか闇の深そうな呟きが漏れ出したためそれ以上は突っ込めず、周囲の助言に従って学校行事に参加することにしました。




 そんなわけで私は今、自然の綺麗な、とあるキャンプ地に来ています。


 参加する前は、同じクラスとはいえよく知らない人との集団行動とか苦手だな、とか、キャンプとかしたことないから大丈夫かな、とか、仕事の時とは違う不安と緊張に苛まれていたのですが、いざ参加してみると、仲の良い友達と一緒に普段の生活では経験できないことを体験させてもらい、今は、参加して本当によかったな、と、とても充実した気持ちでいっぱいです。


 はい、実ですね私、同じ事務所の子とユニットを組んで音楽活動もさせてもらっている都合上、歌やダンスのレッスンも受けていてですね、体力にはそれなりに自信があったんですよ。

 でも実際には街中の道と違って平坦でもなければ舗装もされていない山道を歩くのは予想以上に体力を使いましたし、声優を目指してからは学校と養成所通いでいっぱいいっぱいで他のことをおざなりにしてきた私は当然、料理ができないどころか湯気と煙で眼鏡が曇って見えないという、とても役立たずな有様でした。こんなことなら仕事の時みたいにコンタクトにしてくればよかった……。

 でもそのおかげで、山道は思ったより息が上るんだな、とか、みんなでする料理は、大変だけどそれも含めてこんなに楽しいんだな、とか、もし今後、山登りやキャンプのシーンのある作品に出演させてもらった際に活かせそうな経験がたくさんできました。先輩達の助言が身に沁みます。



 というわけで二泊三日の行程は既に折り返し。あとは晩ごはんを食べて就寝、翌朝には後片付けをして帰るだけです。


「ひよちゃんお待たせ〜」


 と、そこで、先生に呼び出されていた友達が帰ってきました。私が声優だと知っている──信用できる人にしか言っていない──とても仲の良い友人です。


「ん〜ん、別に。風も気持ちよかったし。それでなんの話だったの?」

「なんかね、ごはんの材料があまりそうだから、なんとかして欲しいって言われた」


 彼女は料理が好きで家でもよく作っているからと、今回の林間学校での、うちのクラスの調理の代表者を務めています。ちなみに昨日の献立はキャンプでは定番のカレーだったのですが、彼女の指揮の元作られた我が班のカレーは絶品で、ごはんもふっくらつやつやでした。本人は「飯盒はんごうで炊くのは初めてだから正直不安……」と言っていましたが、とてもおいしかったです。……他の班は散々な出来だった、と聞くと尚更。


「そうなんだ……なんとかなりそう?」

「んー、まあ……なんとかするよ。……だから協力してくれるよね、ひよちゃん?」


 そう言って彼女は、とてもいい笑顔を見せました。


 見る人をほっとさせるような、とても人懐っこい笑顔。


 ですが、何かとよく一緒にいる私は知っています。この笑顔は──彼女のだ、と。



 これは彼女と親しい友達しか知りませんが、彼女はねぎと名の付く食べ物が苦手です。

 彼女と出会うまでは意識していませんでしたが、確かにいわれてみると、ねぎっていろんな料理に使われているんですよね。

 そして自称小心者の彼女は、苦手なねぎが料理に入っていても文句一つ言わず「もったいない」「作ってくれた人に失礼」と、いつも我慢して全部食べてしまいます。私からすれば、気遣いのできるとても良い子だと思います。


 そう、昨日の献立はカレーでした。カレーといえば使いますよね、玉ねぎ。苦手とはいっても食べられないわけではなく「影も形もなければ平気」とのことで、家では飴色になるまで炒めた玉ねぎを溶けてなくなるまで煮込んでいるそうです。

 ですがここは林間学校。玉ねぎを飴色になるまで炒め、溶けてなくなるまで煮込む調理時間はとてもじゃないがありません。

 私は他の班のように玉ねぎを大きめにカットして、よそる時に入れないようにしたら? と提案したのですが、彼女が言うには「それだとルーがおいしくならない。一味違う」とのことで、他の作業はできるだけ人に任せて彼女はなるべく指示と監修に徹し、自らは時間ギリギリまで玉ねぎが飴色になるまで炒め、あとはひたすらにカレーを煮込んでいました。自分の苦手なものよりも味を優先する、正に料理人のこだわりです。

 結果。私としてはすごくおいしかったのですが、やはり玉ねぎは完全には溶けきらず、彼女としては納得のいかない出来だったみたいです。私も納得のいかない演技でOKをもらうと撮り直しをお願いしたりするので、気持ちはよくわかります。


 そんなわけで彼女は今、とても不機嫌です。微妙に溶け切らなかった、苦手な玉ねぎ入りのカレーを食べたので尚更です。でも昨日の晩ごはんのあとにはいつもの朗らかな彼女に戻っていたので、おそらくは呼び出しで先生に晩ごはんの話をされ、あの時の気持ちが再燃したのでしょう。



 そして私は今、なぜか串にお肉を刺しています。何で?

 あとお野菜も刺してます。何で?

 林間学校に来たはずなのに、なぜか串ものの料理屋さんの真似事をしています。何で?


 そう、先生に相談された彼女が思い付いたのは「食材が余りそう? だったら串に刺して全部焼いちゃえばみんな食べるよね♪」という、私にはとても思い付かない作戦でした。

 元々今晩の献立はバーベキューと焼きそばだったので、串はありました。そこで彼女は今日のメニューを急遽、鉄板焼き&焼きそばwith串焼きに変更。とりあえず肉や野菜と焼きそばで鉄板焼きと具材盛りだくさん焼きそばを作りつつ、それでも余りそうな食材は串に刺して焼き、強制的に食べさせてしまおう、という、隙を生じぬ二段構えの作戦です。


 その作戦は見事に成功し、みるみる食材は減っていきました。そして作戦は最終段階。私はひたすらに鶏肉を串に刺し、隣で彼女はそれを焼いています。そう、“焼き鳥”です。


「そういえば何で、焼き鳥にしたの?」


 と、彼女なら他のメニューも思い付いただろうに、と疑問に思った私が聞いたところ、


「ん? うちのお父さんがよくね、焼き鳥を食べるとお酒を飲みたくなるって言っててね? 大人って焼き鳥が好きなんだなー、って思ったんだよね。……だからまあ、あれだね。先生達への感謝を込めて…………ね?」


 と、とても良い笑顔を返してくれました。はい、です。


 ええ、元々彼女は「キャンプだからカレーにバーベキューって献立はどうなのかな? 立場上仕方ない部分もあるんだろうけど、それって思考停止じゃない? 教師としてそれはどうなの?」と、先生達に思うところがありました。

 ちなみに「バーベキューだけじゃ栄養バランスが悪いし、胃にも優しくない」と、献立に焼きそばを提案してねじ込んだのは彼女です。

 そしてその彼女は今回の作戦をみんなに説明する際、こう言いました。


「鶏肉が結構余っているので、先生達への感謝を込めて、大人が大好きな“焼き鳥”を差し入れしよう」


 と。もちろん誰一人として反対することなく、作戦は可決。そして即決行。むしろ「善意の行動だ」とか「サプライズだ」とか、みんなノリノリです。

 はい、ちなみに林間学校、つまりは学校の行事ですから、未成年である生徒はもちろん、先生達も飲酒は厳禁です。そして今、私の隣にいる彼女は明るいで声こう言いながら、楽しそうに焼き鳥を焼いています。


「先生達、喜んでくれるといいな~♪」


 と、今度はいつもの料理好きな彼女らしい、朗らかな笑顔で。


 結局、彼女が本当はどんな気持ちで焼き鳥を焼いていたのか、それは──本人にしかわかりません。私には……聞けませんでした。

 ……ついでにずっと気になっていた、その手に持っている焼き鳥のタレはどこから持ってきたの? という素朴な疑問も、私は聞けませんでした。


 そしてその晩、生徒達からのサプライズ焼き鳥を受け取った先生達が、どんな気持ちで夜を過ごしたのかも────私は知りません。




 ちなみに後日、彼女のことはぼかし、お酒が好きな先輩方やマネージャーさんにこの話をしたところ「鬼か」「悪魔の所業」「恐ろしい子……」との言葉をいただきました。


 ……また一つ、演技に活かせそうな経験が増えました。

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