みっしょん・いんぽっしぶる ~私とひいばあちゃんの秘密の作戦~【お題 88歳】
「スマホが欲しい」
私にはひいお祖母ちゃんがいる。年齢は八十八歳。「極秘の話がある」とのことで、午前中の朝から自分の部屋に呼び出した私への第一声がこれです。
午前中は畑仕事、午後は部屋で恋愛ドラマとかアクション映画とかテレビ三昧と、歳のわりには少々……というか、かなり元気で好奇心旺盛な人です。ちなみに今日は日曜日なので畑仕事もお休みです。
「おじいちゃんとおばあちゃんはなんて?」
「……スマホを買うのに、子供の許可がいるのかい?」
つまり言ってないんだね、ひーばあちゃん……。
「でもなんでスマホが欲しいの?」
「そりゃあ……まあ、あれさね。通販とか、えすえぬえす、とか。いろいろさね」
うん、通販はわかる。うちみたいな田舎は車じゃないとお店まで遠いし、そもそもお店の種類があんまりない。
「通販はわかるけど、SNSでなにするの?」
「それはまあ……いろいろだよ」
ひーばあちゃんにしては珍しい、ふわふわした答え。なんだろう、怪しい……。
「それで? 私にどうして欲しいの?」
「一緒にスマホ買いにいくよ」
「誰と?」
「もちろん二人だけさね」
「おじいちゃんやお父さん達には?」
「もちろん秘密さね」
そう言ってニヤリ、と笑うひーばあちゃん。いたずらっ子の顔だなぁ……。
「怒られそう……」
「何言ってるんだい。あたしっていう保護者がいるんだから大丈夫さね。それにあんただってもう、十代の立派なれでぃなんだから、いつまでも親と一緒にお出かけしてたら駄目さね」
そんなもっともらしいことを言ってポン、ポン、と私の頭を軽く叩くひーばあちゃん。私を悪い道に引きずり込もうとしてる……。それに十代でも小学生は立派な子供だと思うんだけど。保護者のやることかな?
「……はあ、わかったよ。でもどうやって行くの?」
スマホが売っているお店まで行くには、車じゃないと遠い。高齢のひーばあちゃんも子供の私も当然、車も免許も持ってない。
「タクシーを使えばいいさね」
「えー、お金がもったいない……」
「……しっかりした子だねぇ。でも大丈夫。金ならある」
私の頭を撫でながら、そんなことをドヤ顔で言うひーばあちゃん。いやいや、お金は大事だよ? でもこうやって私に言い出したってことはもう、誰の言うことも聞かないだろうしなぁ……。
「思い立ったら吉日っていうだろう? さあ行くよ、みっしょん、いんぽっしぶる、さね」
またそうやって、どこかで聞いた横文字を使う……。あとインポッシブルって確か、“不可能”って意味じゃなかった、ひーばあちゃん?
「じゃあいってくるねー」
「いってらっしゃい」「気をつけてね」という、おじいちゃんとおばあちゃんの声を聞きながら、家の前に停まっている車の後部座席に乗り込む
「お姉ちゃん、今日はよろしくね」
「はい、よろしくね」
ひーばあちゃんに呼び出されたあと私は、二人だけではスマホを買うのはとても“不可能”だと判断し、近所に住むお姉ちゃん──正確には従姉妹──に連絡をした。突然の連絡にも関わらず、午後から「お出かけしたい」と思いきってお願いしたら、快く引き受けてくれました。お姉ちゃんが車の免許を取ってからは、サービス業で日曜日でも仕事のある私の両親の代わりに、こうしてたまにお出かけしているので、おじいちゃんとおばあちゃんも快く送り出してくれた。
「シートベルト閉めた?」
「うん」
「じゃあ出発するから…………ちゃんと座ってシートベルト閉めてくれるかな? ひいおばあちゃん……」
「なんだいなんだい、ノリの悪い子だねぇ……」
そう言って、後部座席にうずくまって隠れていたひーばあちゃんがもぞもぞと動いてちゃんと席に座り、シートベルトを閉める。どうしても、おじいちゃん達には見つかりたくないそうです。
「ノリより安全です」
「安全です」
「……うちの曾孫達は、しっかりしてるねぇ……」
「着きましたよー」
「着いたー」
「着いたねぇ」
それから車で三十分くらい、いろんなお店が入った大型商業施設──ショッピングモールに着いた。何回も来てるけど、相変わらず大きい……。
「それで? どんなスマホが欲しいの?」
「やっぱり買うなら、一番すぺっくの高いやつかねぇ」
「つまり決まってないのね……」
そう言って先頭を歩くお姉ちゃんに着いていくと、入り口に入ってすぐのところにある、家電量販店に入っていく。
「携帯ショップじゃないの?」
「こういうお店はね、いろいろな携帯電話会社の機種を取り扱っているから。何を買うのか決まってないのなら、とりあえずここで下見しましょう」
なるほど。確かに周りを見ると、いろいろな電話会社のスマホがたくさん並んでる。
「最近機種は……この辺かな。これとかどう?」
そう言って見本のスマホを手に取って、ひーばあちゃんに見せるお姉ちゃん。お値段は……うっ、高い…………。
お姉ちゃんの説明を受けながら、てしてしとスマホをタップするひーばあちゃん。すると──
「……お前達」
「「なに?」」
「字が読めん」
えぇー……。
結局ひいばあちゃんは、スマホを買わなかった。一番大きいサイズのでも、老眼で文字が読みにくいらしい。「八十八歳の老眼を舐めんじゃないよ」と、ひーばあちゃんは言っていた。近いものが見えづらいとか、老眼って大変なんだね……。
その代わり──
「ん……、これで……よし」
晩ごはんのあと、私はひいばあちゃんの部屋で今日買ってきたばかりの、スマホの何倍も大きいタブレットを操作している。とはいってもめんどうな初期設定とかは、あのあと立ち寄った喫茶店でお姉ちゃんがやってくれたので、私が操作することはあんまりない。
「じゃあいくよー」
「おうさね」
人差し指で画面をタップすると、少しの間のあと、明るい感じのBGMが流れてくる。始まった。
『天宮カレン』
『晴野ひより』
『『晴天ステーション~♪』』
「「わ~」」
ひいばあちゃんと二人、パチパチパチと拍手する。
ひいばあちゃんがスマホを欲しかった理由。それは、このラジオ番組を聞きたかったから。
ひいばあちゃんにはおじいちゃん以外にも子供がいる。それでその中の一人の、そのお孫さん──ようするに、ひいばあちゃんの曾孫さんが、声優さんなのだそうだ。で、その曾孫さん──ひよりさんが、最近ラジオ番組を始めたので、それを聞こうと思った。でもうちのような田舎では、都会のラジオは電波が届かなくて聞けないとガッカリしていたところ、どこで聞いたのかスマホでも聞けると知り、それで欲しがったのです。
『このコーナーは、リスナーさんから寄せられた日々のちょっとした出来事を紹介するコーナーです』
『がんばって、ひより』
『……待ってカレンちゃん。カレンちゃんもリスナーさんのお便り読むんだよ?』
『大丈夫よ、わかっているわ。でも私、ひよりの方が司会とか進行とか向いていると思うの』
『うん、カレンちゃん。そういうことは打ち合わせの時に言って欲しかったかな?』
『言ってなかったかしら?』
『言ってないと思うよ?』
次から次へと、仲の良いお友達のように、ポンポンとリズムよくお喋りしていく二人。うん、聞いてて楽しい。
「すごいね。なんか芸人さんのボケとツッコミみたい」
「今時の声優はこれぐらいできないと駄目みたいだからねぇ……」
またどこで聞いたのかわからない話をしながら、目を細めて何度か頷くひーばあちゃん。
「でもなんで私に内緒にしてたの?」
そう、ひーばあちゃんは私にスマホが欲しいとは言ったけど、その理由は言わなかった。
「……あたしがあんた以外の曾孫の話をするのは、気分がよくないと思ったからさね」
「なんで? むしろ内緒にされてたほうが嫌だよ?」
私が嫉妬すると思ったのかな? でも内緒にされる方が私は嫌だなあ。
「……誰に似たのか、本当に私の曾孫達はしっかりしてるねぇ」
「……ひーばあちゃんに似たんだと思うけど」
仕事の忙しいお父さんやおじいちゃん達に代わって、小さい頃から私の面倒を見てくれているのはひーばあちゃんだ。だから誰かと聞かれれば、一番はひーばあちゃんだと思う。
私がそう言うと、ひーばあちゃんは目を丸くし。
「そうかいそうかい」
と言って、優しく私の頭を撫でてくれた。
私には八十八歳のひいお祖母ちゃんがいる。とても好奇心旺盛で、とても優しい──そんなひーばあちゃんが、私は、大好きです。
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