第3話 少年と老婆

 魑魅魍魎や毒虫を一つの容器にいれて食い合わせる呪術、蟲毒。

 それが山単位で行われていた。

 毒虫と魑魅魍魎、怪異や霊を一か所の山で食い合わせる。そんなことは自然的に起こるはずがない。恣意的に呪術師が、自らが使役する道具としてを作っているということだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、霊妖怪怪異対策省元帥である武藤咲である。彼女の強さは、まさしく異常だった。近づく全ての生命を喪失させていく。

 奪う、であれば近い術はある。しかし、そうなると取り返されるおそれがある。

 彼女の強みは喪失にあった。それは、だった。それが、意思に関係なく常時発動している。その力は既に死んでいる怪異や霊に対して、有無を言わさず存在自体を喪失させる特攻となった。


彼女自身がなぜ成長と若さを奪われただけで、その呪いの依り代となり生き続けているかわからない。

 なぜなら咲は老婆の姿のまま、成長を奪われ年を取らないからだ。咲は死に際の四季の言葉を思い返す。


「咲。その呪いでお前は不死になる可能性がある。……おいおい、泣くなよ。大丈夫だ。俺にはぼやけてるが前世の記憶があるんだ。だから俺が死んだら、俺の骨を砕き、この粉を混ぜて剣にしろ。それを俺は目印に、咲の元にいくからよ」


 咲が四季と同じ元帥に名を連ねたのは、国宝級呪具「四季折々ノ剣シキオリオリノツルギ」の力が大きい。葬儀の後遺言に従い全ての骨は咲に譲渡された。人骨となった四季を咲は泣きながら粉々になるまで砕いた。そして渡されていた粉と混ぜ、指定通り自分の血とまぜて捏ね、焼いたのだ。

 その剣は、咲の呪いを流し込み、付与する最強の呪具となった。


 パッシブでの生命力喪失だけでも低級霊は即時消滅し、上級霊はアクティブの四季折々ノ剣で挑んできたところを一振りで消滅させていた。


 しかし、今回の怪異はいかに元帥と言えど、一人で向かっていいものではなかった。だが、咲は特性上単独でしか行動できない。組織の上層部は見誤ったのだ。決して咲自身が霊能力者として有能だったわけではない。運動能力が老婆にされて低下した、ただの10歳の女の子なのだ。


 咲は蟲毒をしている山で、そこに成っているモノを見たとき、恐ろしさのあまり脱兎のごとく逃げ出した。その時に大事な四季折々ノ剣を落としてしまったのだ。


 咲は形見を取り戻すために、雷雨の中老体に鞭を打ち山を登った。

 しめ縄で囲まれている目印をまたぐと、雨は止んだ。代わりに霧がかかっている。


「怖い! 寒い! 四季ー!」


 咲は独り言を叫ぶ。剣のことを咲は四季と呼んでいた。霧の奥深くに進んでいくと、これまたしめ縄をされた1.5Mほどの高さのある巨大な岩があった。

 目印になるもので、その少し先が頂上となる。四季を落としたとしたら、ここらにあるはずだ。

 咲はしゃがみ、枯れ葉をかき分けた。しかし、見つからない。咲は休憩のために岩に背中を預けた。すると、その上から寝息が聞こえてきた。


 こんな山の結界内かつ御神岩の上で寝る人間などいない。当然怪異だと思った。

 咲は恐る恐る立ち上がり、距離をとり見上げる。するとそこには、眠っている12歳ほどに見える少年がいた。さらに納刀された四季折々ノ剣を枕にしている様子だった。


 咲は近づいた。


 「くらえ怪異め」


 手を前に出し、揺らす。特にその動きに意味はない。しかし近づくことには意味があった。距離が近ければ近いほど、咲の命を喪失させる呪いが強く働くのだ。しかし、少年は苦しむ様子は一切なく、スヤスヤと寝続けた。

 咲はおかしいと思ったが、怪異なんておかしいのが当たり前なので、そっと剣を回収することにした。ゆっくりと剣を掴み、引っ張る。が、老体なのでぷるぷると震えてしまう。その振動が剣をつたい、少年は目を覚ました。


「ふぁ!」


「うわ!」


 咲は驚き尻餅をついたが、呪具は回収できていた。急いで立ち上がり、抜刀する。


「なんだ? なんでこんな山の中に剣持ったババアがいるんだ」


少年は言った。


「それはこっちのセリフ! 君、お化けでしょ!」


「お化けなんているわけないだろ。どいつもこいつも、困ったもんだねまったく」


その少年の口調は到底12歳のものではなかった。


「これは返してもらう」


 咲は震える手で剣を向け続けた。生命喪失が効かず、動きも鈍くならないとしたら、恐らくこの剣が当たることはない。それに、今までそんな人や怪異とは出会ったことがなかった。たった一人を除いて。


「ん? ああ、枕にしてたのが、剣だったのか。いいぜ、もともと俺んじゃない。勝手に使って悪かったな」


「いいよ」


「おう」


 咲がこうして誰かと会話をするのは久しぶりだった。四季折々ノ剣は納刀し、鞘を紐で腰にくくった。


「少年。君、人間?」


「そりゃそうだろ。あんたは違うってのか?」


「咲は……わからない」


「咲っていうのか。どうみても人間だろ」


「そっか。じゃあ、人間」


「変なババアには違いねえけどな。俺は大地だ」


「ババア違う。咲は10歳。大地、危ないから山降りるよ」


55歳だが、とりあえず腹が立ったので咲は大地を指さしプルプルしながら言い返した。


「10歳? まー世の中いろんなことがあるんだな。実をいうと俺も25歳なんだ」


「嘘つき。いいから山降りる」


 咲は岩の上にいる大地の服を引っ張った。が、大地は無視して話を続けた。


「いや咲ばばあには言われたくないぜ。信じられないだろうけどな、12歳の時に成長を奪われたらしい。俺に霊や怪異なんて見えないのにな」


「へえ。咲は成長と若さ奪われたよ」


「おっとなるほど。お互い難儀だねぇ」


ニシシ、と二人は顔を見合わせて笑った。しかし、突如空間が歪むほどの悪臭が二人の鼻をついた。


「なんだぁこの匂い?」


「大地、こっちきて。早く!」


大地の後ろには蟲毒の王となり進化した呪い、怪異鵺が居た。

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