第2話 忘れられない温もり
車に揺れること2時間。四季の家は山の奥にあった。
「ついたぞ、ここが新しい俺たちの家だ」
「おおおおお」
咲は目を輝かせた。1LDKの一軒家だ。2階などはなく、天井が高い作りになっていて暖炉もある。散らかった部屋に大きなテーブルとセミダブルベッド、それにタンスが複数。家の隅では金魚とハムスターが何匹も飼われていた。
以前住んでいた家に比べれば見劣りするが、ここ一年の路上生活に比べれば天国だ。
「どうした、入らないのか?」
「ペット、死んじゃう」
咲はハムスターたちを指さし言った。
「おっと、そうだった。ペットってわけじゃないんだがな、死なれると困る」
四季は動物達の前にいき、何やらブツブツと唱えはじめた。さらに目の前に何かの粉をつまみ、振りかける。それだけだった。
「よし、入っていいぞ」
「ほんとに?」
「ああ」
四季は被っていた帽子とスーツの上着をかけ、ネクタイを緩めながら笑った。
恐る恐る咲は玄関をまたぐ。金魚やハムスターを見ると、変わらず元気に走り回っていた。安心した咲は靴を脱いだ。
四季は咲を抱き上げて浴室に運んだ。
「まずは風呂だ。シャワー浴びてる間にお湯もあっためとく。これが頭、こっちが体用だ」
「骨ジジイ、エッチ」
咲は老婆の姿だが、両手で服の上から胸を隠すフリをした。
「っは! このジジイを興奮させたんなら大したもんだ。ふざけてないでちゃんと洗えよ」
四季はそういうと、嬉しそうに浴室を去っていった。咲は浴室で服を脱ぎ、洗面所に放り投げ、丁寧に体を流し洗った。実に1年ぶりの入浴だった。扉の向こうから、咲が脱ぎ散らかした服を拾いながら、四季は話しかけた。
「お湯も沸いたはずだ。気が済むまで浸かっていいぞ」
「うん」
四季は服を洗面台に入れる。水洗いを手で何度かしてから洗濯機に入れた。
山の奥だが電気やガス、電波など、問題なく通るように整備されていた。
調理場に向かい、鍋に水とざく切りにした玉ねぎ、にんじん、キャベツと鶏肉を入れて塩とコンソメをかけて煮込む。柔らかくなったころに味見し、再度味を調えた。
「うまいな。俺ぁ天才か?」
「骨ジジイー! タオルは?」
四季が自らスープを褒めていると、風呂場から扉を半開きにして咲が声をかけた。
「扉にかかってる奴使ってくれ。拭いたら着替えがおいてあるからそれ着ろ」
「うん」
四季が諸々の調理を終え、暖炉に火をつけたころで咲は出てきた。
「モコモコの服!」
咲は両手を広げて、着ている姿を見せてくれた。
「気に入ったか。やるよそれ。髪乾かしてやるからこっち来い」
咲はもうすっかり四季のことを信用し、素直に従った。
白髪を櫛で丁寧にといてから、ドライヤーの弱風で乾かしてくれる。
「骨ジジイ、ありがとう」
「お、ちゃんとお礼が言えるのか。えらいな」
鏡に映る二人の姿はまるで仲良しの老夫婦だった。
咲は褒められたことが嬉しかったらしく、照れていた。
「あのさあのさ。咲、臭い?」
風呂に入ったが、1年かけて培った汚れは簡単には落ち切らなかった。四季の様子から悟られたわけでは勿論ないが、年頃の女の子なのだ。綺麗になったからこそ、気になってしまった。
「いいやまったく。それに、臭かったとしてもジジイの本気の加齢臭よりマシだ」
四季はジジイだが、モテる人生を歩んできていた。言葉や行動の節々に、紳士かつ男の色気と冗談が垣間見える男だった。
「カレー臭?」
キャッキャッと咲は笑った。四季もつられて笑った。
あの日食べた四季の手作りポトフと、バターをたっぷり塗ったパンの味と、四季と寝たタバコの匂いが染みついた布団の温もりを忘れることは一生ないだろう。
〇
雨が強くなってきた。手紙の指示を読む。文字は四季がある程度教育してくれたが、中学の途中まで程度だ。そこにはわかりやすく、こう書かれていた。
「武藤咲げんすい きみがミスをしたのは初めてだな。いや、本来であれば10数名で向かうべき仕事だった。きみの強さを過信した私のミスだ。許してほしい。そして、信じられないがその場所に少年が住んでいるといううわさがある。以前の怪異が残っているのかと合わせて、二つともかくにんしてきてほしい。顔を合わせることができずにすまない。せんとうはせずに、かくにんだけにするように。なにかわかったらまた来週に手紙を置いてくれ。以上」
怪異、は最初に教えられた漢字だった。
四季の言葉を思い出す。
「咲、お前は呪われている。だが、霊能力者として仕事を始めれば、お前の呪いは武器に変わる」
冬をつんざく豪雨は、雷雨へと変わっていった。時刻は25時を過ぎようとしている。
怪異と、咲の呪いが最も強くなる時間帯だ。
咲には現場に戻らないといけない理由があった。
「咲、今度は逃げない。みててね四季」
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