老婆は山で骨砕く 追憶偏

君のためなら生きられる。

第1話 老婆の少女と無骨なジジイ

 階段でしか辿り着けない廃ビルの最上階。害虫が巣食う廃墟の奥の扉。

 さらにその奥、誰もいない部屋の中央の机に、ポツンと封筒が置いてある。


 レインコートを着た醜い老婆は、腰を曲げて息を切らし、その封筒の中身を確認した。

 渇いた指を舐め、数えると中には万札が3枚。それと手紙が入っていた。仕事で初めてミスをしたのだ。きっとそのお咎めと経過報告だ。

 ミスをしたのに3万円は恩赦に近かった。


 名は武藤咲。とある呪いにより、美しかった少女は、成長と美貌を奪われた。現在実年齢55歳、見た目年齢90歳と言ったところだろうか。


 咲が自分の周りに存在する命を喪失させてしまうことに気づいたのは、老婆の姿に変わった後も、献身的に愛情を持って接してくれた家族を意図せず呪い殺してしまってからだった。

 その間わずか半年だった。


「うう、寒い」


 しゃがれた声をあげ、手と手を摺り寄せたが、肉のない指では温まることもなく、むしろ乾燥した肌が擦れて傷んだだけだった。

 本来この場所には同業の霊能力者がいるのだが、咲が給料と次の仕事を受け取るときには、人っ子一人いなくなる。

 その呪いを、同業者はみな恐れていた。

 咲は孤独な寒空を見上げ、恩師のことを思い出していた。


 〇


 家族が死んだ10歳になる年の夏。

 身寄りのなくなった咲は今と同じ老婆の姿で、ホームレスをしていた。

 公園の水を飲み、ゴミを漁り生き延びた。共にゴミを漁ったネズミ達は1日ももたずに死んでいった。そのネズミの皮を剥いで食った。本来であれば細菌や寄生虫の心配があったが、咲には関係なかった。それごと命を喪失させているからだ。


 なるべく人のいない場所を選んで住処にしたが、ホームレスが居つける場所など限られている。

 最初は人が来るたびに移動していたが、キリがないため移動することを辞めた。代わりに注意をした。


「咲のそばにいると死んじゃうよ」


 すると咲は、注意をしたホームレスに殴られ、蹴られ、唾と暴言を吐かれた。悲しくて苦しくて、子供ながらにボロボロと泣いた。

 それ以来咲は他者を気にすることを辞めた。

 咲の周りに住んだほかのホームレスたちは、一週間ももたずに死んでいった。

 死体を漁ると、生活に必要なものと、ため込んでいたお金が手に入った。

 最初は罪悪感に襲われたが、慣れれば大したことはなかった。

 噂はすぐに広まり、ホームレスの中で恐れられる死神ババアになった。

 好都合だった。そこでまた半年過ごし、冬になった。

 死んでいったホームレスが残した毛布とダンボールで何とか寒さを凌いでいると、声がかかった。


「あんたが噂の死神ババアかい」


 顔を上げると、白い髭を生やし、黒い帽子を被り、くたびれた喪服を着た老人がニヤニヤとこちらを見ていた。


「知らない」


 咲は目を逸らした。行政の人間は、醜い老婆がネズミを食べているところを見せれば声もかけずに去っていくことを知っていたが、このジジイはそれだけでは引きそうにない様子だった。子供に対しても、その無神経な無骨さからくる強さを感じ取らせる何かが、老人にはあった。

 老人はしゃがみ、咲に目線を合わせた。


「いいや、あんたで間違いないねぇ。とんでもない呪力だ。あんた、名前と年は?」


 咲は目を丸くさせて驚いた。醜い老婆の顔を見せても、話しかけ続けてくれた人間は家族のほかにこの男だけだったからだ。


「武藤咲。10歳」


「10歳。10歳だぁ? そりゃサバ読みすぎだぜ」


「ほんとだもん」


「なら家族はどうした」


「……死んだ。咲のせいで」


蓋をしていた感情が自分の言葉で開かれて、目じりに涙が溜まりだす。すると、白い髭のジジイは全てを察したのか天を一度仰ぐと、優しく頭を撫でてくれた。パラパラと老婆の白髪が抜け落ちる。


「泣くな、嬢ちゃん。俺が悪かった。信じるよ。俺ん名前は骨儀四季だ」


「ほねぎしき? 変な名前だね」


四季に涙を拭われながら憎まれ口をたたいた。それを聞き、四季は大いに喜んだ。


「はは! そうだろう。四季ジジイと呼んでくれ」


「やだ。骨ジジイ」


咲はプイと外を向いた。久しぶりに子供らしく大人に甘えられた瞬間だった。


「それでもいいさ。一緒に来い。嬢ちゃんには嬢ちゃんの生き方がある」


「嬢ちゃんじゃない。咲」


「っか。ガキの癖に生意気な」


咲は頬を膨らませポカスカと殴った。


「わーかったわかった、咲。ついてこい」


四季はそういい立ち上がったが、咲は返事をせずに俯いた。


「どうした、怖いのか? ここよかましだぞ」


「違うよ。咲がそばにいるとみんな死んじゃうの。だから、ダメ」


 四季はもう一度しゃがみ、顔と目を合わせる。


「あー、俺なら多分大丈夫だ」


「ほんとに?」


「ああ。それに俺はもうジジイだ。ほっといてもすぐ死ぬ」


カカッ。と四季は笑った。

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