第七話 僕と彼女と幼馴染と電マ

 放課後。


 僕と茉莉は掃除当番だったため、玉石さんは先に部室へと向かったようだ。

 掃除を終えてから茉莉と二人で部室へと向かう。


 以前と同じように部室のドアをノックする。

 ドアの向こうから「どうぞ」と玉石さんが返事をする。


 ここに来るのも二度目なので、以前ほどは緊張しなくなっていた。

 部室のドアを開けると紅茶のいい香りが漂ってくる。玉石さんは既に三人分のお茶を淹れて待っていたようだ。


「いらっしゃい坂井くん、七瀬さん。ちょうどお茶が入ったところよ。どうぞ座ってちょうだい」


「うん、待たせてごめんね」


 促されるままに僕たちが部室の一角にある大きいソファに隣り合って座ると、玉石さんが紙コップに入った温かい紅茶を持ってきてテーブルに置いてくれた。


「ありがとう、玉石さん」


「……ありがとう」


 僕に続いて、茉莉がお礼を言う。表情は変わらず無表情なままで、茉莉のことをよく知らない人から見たら怒っているようにも見えそうだが、これはただ単に人見知りをしているだけだ。


 むしろよく知らない相手にお礼を言えるだけ、昔に比べれば人見知りは治ってきているようだった。


 しかし、なんで天文部の部室にこんなソファがあるのだろうか。人が一人横になれる程度の大きさの、ふかふかの柔らかいソファだ。結構いい値段がするんじゃないだろうか。


「電気ポットで作ったお湯で、ティーバッグのお茶だから……美味しくなかったらごめんね」


 ティーバッグと聞いて、ティーバックの下着を連想するのは思春期男子なら皆そうだと思いたい。


 僕は玉石さんのティーバック姿を想像した。


 ……いい。すごくいい。


「……坂井くん、なんか変なこと考えてない? あなた顔に出やすいから気をつけた方がいいわよ」


 玉石さんの言葉で僕は我に返った。


「えっ!? そ、そんなことないよ!? ただ僕は紅茶がいい香りだなぁって! ね、茉莉!」


 僕は咄嗟に茉莉に助けを求めたが、返ってきたのは無慈悲な言葉だった。


「ゆーすけべ、わたしに同意を求めないで、変態が感染うつる」


「変態は感染うつらないよ! いやそもそも僕は変態じゃないよ!? あと、ゆーすけべって言うのもうやめて!?」


 全力で茉莉にツッコミを入れる僕を見て、玉石さんが楽しそうに笑う。


「ふふ、坂井くんって律儀ね。いちいち全部にツッコミを入れるんだもの。やっぱり仲が良いのね、あなたたち」


「もう十年近い付き合いの幼馴染だからね。ね、茉莉?」


「……まあ」


 やはりよく知らない玉石さんが近くにいて緊張しているのか、僕と二人のときよりも茉莉の口数は減ってしまう。


「あれは?」


 茉莉が部室の片隅の机に置かれている何かに気がついた。

 それを見て、僕は飲んでいた紅茶を噴き出しそうになってしまった。

 そこにあったもの、それはハンディマッサージャー――――通称電マだった。


「な、何であんなものがあるのさ、玉石さん」


「最近肩凝りがひどいのよ。それで試しに買って使ってみたんだけど、結構良かったわよ。坂井くんも使ってみる?」


 玉石さんがあっけらかんと答える。

 よかった、てっきりあれを使ってイケナイ宇宙を感じてるのかと思ってしまった。いや、それはそれで、うん、非常にいいんだけどさ。


「僕は特に肩凝りとかないから……茉莉は?」


「んー、少し肩凝ってるかな……」


「またゲームのやり過ぎ?」


「まあ」


 茉莉は、茉莉のお兄さんの影響で昔からテレビゲームにハマっている。僕はその世界のことはよくわからないが、とある格闘ゲームの大会に出場して結構いい順位まで行ったことがあるそうだ。


「よーし、それじゃ僕があれを使ってマッサージしてあげるよ!」


「なんか目がエロいから嫌」


「ひ、ひどいよ! 僕はただ茉莉の体の凝りをほぐしてあげようとしただけで、し、下心なんて……ない……ヨ?」


 抗議しながらも、僕の声は尻すぼみに小さくなっていってしまう。


 下心がないと言えば嘘になる。例えエッチなことを目的としていないとしても、女の子の体に電マを当ててみたいという欲求は下心に違いないだろう。


「坂井くんって本当に嘘が下手ね……。じゃあ、わたしが七瀬さんをマッサージしてあげよっか? 気持ちいいわよ?」


「玉石さんなら、まあ……」


 茉莉、その人はある意味では僕よりも危険人物なんだよと教えてあげたくなる。


「やった!」


 玉石さんは茉莉をマッサージできることが嬉しいのか、ニコニコとしながら駆け足で電マを取りに行った。

 その背中を見ながら、僕は茉莉に問いかけてみた。


「時にさ、茉莉って振動が気持ちいい系の女の子なの?」


「……? 何を言ってるのかよくわからないんだけど」


 茉莉がキョトンとした顔をする。

 どうやらあのアイテムがエッチなことに使われることもあるということを知らないらしい。

 良かった、茉莉はまだ汚れていない無垢な女の子のままなんだという安堵感で僕の胸は満たされた。


「何ニヤニヤしてるの、キモい」


 茉莉が怪訝そうに僕を見る。


「いや、茉莉にはずっとそのままでいてほしいなと思ってさ」


「ますます意味がわからない……悠介、ついにおかしくなったの?」


 僕たちがそんな話をしていると、玉石さんが電マを片手に戻ってきて、茉莉の背後へと回った。


「じゃあ、いくわよ」


 玉石さんが電マのスイッチを入れる。


 ブイイイイイイイイイイイン!


「七瀬さん、肩の力抜いてね」


「うん」


 玉石さんが茉莉の肩に振動する電マを当てる。


「どう?」


「ん……気持ちいい……」


 僕は今の茉莉の声を心に深く刻み込んだ。


 あの七瀬茉莉が! 電マを(肩に)当てられて! 気持ちいいと言ったのだ!


 その事実だけで僕の心は深く満たされたのであった。二人には内緒だけど、坂井ジュニアが大きくなってしまった。二人に気づかれないよう、僕はそっと前屈みになった。


「他にどこかマッサージして欲しいところある?」


 玉石さんが楽しげに問いかける。


「んー……」


 茉莉が口元に人差し指を当てながら思案する。


「茉莉、最近腰が重いって言ってなかったっけ?」


「そうだね。わたし姿勢があまりよくないから……」


 茉莉は少し猫背気味だ。そんな姿勢でずっとゲームをやってるものだから、腰にも負担がかかるのだろう。


「じゃあ、ソファにうつ伏せになってもらおっかな? ほら坂井くん、どいたどいた」


 僕がソファに座っていると茉莉がうつ伏せになることができないため、玉石さんがしっしっと僕を追い払うジェスチャーをする。


「膝枕してあげてもいいよ?」


 僕はバッチコイと自分の膝をパンパン叩いたが、そんな僕に対して二人からは冷ややかな視線が注がれた。


「バカじゃないの、キモい」

「坂井くん気持ち悪いわよ」


 うぐ、ちょっとした冗談だったのに、二人してキモ男呼ばわりしなくてもいいじゃないか。


 僕は心の中で涙を流しながら、渋々立ち上がった。


「あ」


 しかし、愚かにも僕は忘れていた。僕が立ち上がる前に、既に坂井ジュニアが勃ち上がっていたことを。

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