いつも通りのみんな


「え?」


何で?何で何で何で何で何で?

何で俺の髪がこんなに伸びてるの?

何でマリーの瞳に俺がいないの?

ちょっと待って、

俺の声ってこんなに高かった?

まるで自分の体が自分じゃないみたいで、

頭が混乱する。

すると、マリーが質問してくる。


「あなた、私の兄だって言ってましたよね?

 それならあなたの名前ってなんですか?」


「そりゃ、当然俺の名前は…………」


自分の記憶を辿る。

マリーと話した記憶。セラと話した記憶。

喧嘩した記憶だってあるし、さっき成人して

書斎でやられたことだって覚えてる。

なのに……俺の名前だけ聞こえない。

俺は皆に何て呼ばれてた?

俺は……誰だ?


マリーが質問に答えられない俺を見て言う。


「何で言えないんですか?そうですよね。

 あなたが嘘を吐いてるのは分かってます。

 でも、あなたは命の恩人なんです。

 ヤンクに捕まって、よく分からない書斎で、

 よく分からない人に飛ばされて、

 死ぬと思ってました。

 その時あなたは助けてくれたんです。

 兄だとか言う嘘を抜きにあなたの名前を

 教えてくれませんか?」


「…………」


俺は答えられなかった。

俺の中にあるのは

マリーの兄として過ごした記憶だけ。

今の自分は誰なのか、

そもそも俺は何なのか。

今分かっているのは一つだけ、

俺のことをマリーは覚えていない。


「……そうですよね。いくらなんでも、

 私を助けてくれただけで名前を教える

 ことなんて、とても

 信用できない私には言えないですよね」


「違う!」


「……え?

 それなら何だって言うんですか?」


「……分からないんだ。俺の名前が」


「それって……どういうことですか?」


「俺の中にはマリーの兄として

 過ごした記憶がある。

 けど、記憶の中で俺の名前だけが無いんだ」


「それなら、とりあえず私の村に来ますか?

 はっきり言って私はあなたのことを

 信じきれてません。

 でも、恩知らずではないので」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


俺はマリーが

今まで通りだと分かって嬉しかった。

もしかしたら、

俺の知らない皆だったらどうしよう

なんて思って怖かった。

それより、これからどうしよう?

これから村に入れるけど、

マリーが覚えてないなら、

俺のことが分かるかもしれないのは

父さん、母さん、セラぐらいだと思う。

それか、皆が知らない家族の話でもすれば

少しは信用してくれるだろうか?


――――――――――――――――――――


俺達は山を降りて村に向かうと、村の人が

集まっているのが見えて、マリーを見ると

父さんと母さんがこっちに走って来た。

母さんは少し涙目になっている。


「マリー?良かった。怪我はないか?

 父さんも母さんも皆心配してたんだ」


「大丈夫ですよ、父さん。

 母さんも泣かないで。

 私は危なかったですけど、

 この人が助けてくれたんです」


マリーがそう言うと、

皆の目線が俺に集まった。

その目線からは純粋な興味もあるし、

いったい誰なのかという疑問。俺の体を

性的な目でみてきているやつもいる。

女の子ってこんな気持ちだったのか。

心の中で俺は

全世界の女性に男を代表して謝る。


「あなたがマリーを助けてくれたんですか?

 本当にありがとう。

 名前を聞かせてもらっても?」


母さんが俺に感謝してくるけど、

俺のことは分かってないみたいだ。

父さんも母さんの発言に

違和感を持たないあたり

おんなじだと思っていいだろう。

先が思いやられるけど、

いつか思い出してくれることを願う。

名前を聞かれたことに関しては

名乗らないとかなり疑われそうなので

一旦無視。

ん?セラがいないみたいだ。


「そういえば、セラはどうしたんだ?」


「え?何でこの子セラちゃんのこと

 知ってるの?」


「あ、そういえばこの人この村で

 過ごした記憶があるらしいんです」


「「「は?」」」


マリーが言うと、

村全体から疑問の声が聞こえてくる。

まあ、知らない人が

ここで暮らしたことがあるって

言ってるんだから、そうなるだろう。


「セラちゃんは今日村を出てったはずだが」


父さんがそう言って、困惑する。

あれ、

セラは今日まで待つって言ってなかったか?

何でこの村を出てったんだろう。

そう考えていると村長が出てくる。

かなり年寄りで歩くのが大分遅い。


「私はこの村の村長、イドラと申します。

 失礼ながら、

 お名前を聞かせてもらっても?」


「それが、分からないんです」


「……と言いますと?」


「俺は自分の名前が分からなくて、この村で

 マリーの兄として暮らしていた記憶がある

 ので何か分からないかと思って来たので」


周囲がざわついている。

皆の記憶がおかしいって言ったら

反感を持たれると

思ったから自分の記憶がおかしい感じで

言ったが、

これはこれで失敗したような気がする。


「……そうですか。それなら、

 しばらくこの村に

 泊まっていかれますか?

 この村は争いがありません。

 あなたも落ち着いて

 記憶を探せるでしょう」


「それなら、

 お言葉に甘えてさせてもらいます」


本当にありがたい。完全に変な人だったが、

何とかこの村に留まれるようになった。

この調子で行けば、この問題が解決する日も

近いかもしれないな!

俺はこの先が希望に溢れてると思っていた。


俺はこの村の人達の目に気づけなかった。

これが全ての始まりだった。

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