第3話 思考的実験 そもそも冒険者ギルドとは?

今回は、みんな大好き冒険者ギルドを検証してみる。

多くは、冒険者の互助会であり冒険者の権益を保護する独占的地位を持つ非営利団体であり王権の一部のような存在として描かれることが多い。

さらに冒険者ギルドは、実力によるランク制に基づくヒエラルキーの上に成り立つ非民主主義組織としても描かれることが多い。

では、魔法が存在する異世界の冒険者ギルドの日常を観察しながら考えてみよう。

今回は、ある街の冒険者ギルドの受付嬢が観察対象である。


「いったい何回説明すればわかるのですか?」

「新人の姉ちゃんより俺っちの方が詳しいってもんよ」

「いくらベテランだと言っても規則は守ってください!」


 組織には規則が生まれる。

そして、組織に所属するなら規則を守ることが求められる。

規則による秩序こそが組織の強さであり弱さである。


「無理なものは無理です!」

「そんな固いこと言わないでよ」

「規則は規則です!」

「俺って上に顔効くんだよね。君なんて明日には首になるんじゃない?」


組織のヒエラルキーに依存する者もいる。

人治に頼る組織なら極めて有効な手段だろう。

今回観察している冒険者ギルドは、どうなのであろうか。


「良いですね。貴方が怒られるだけですよ?」


今回観察している冒険者ギルドは、規則を重んじるようである。


「こんな冒険者だらけだから、冒険者ギルドに勤めてるって友達に言いにくいのよ」


冒険者ギルドに勤めと言うことは、素行の悪い冒険者の仲間になるということだ。

もし素行の悪い冒険者からの被害を経験した人なら、冒険者ギルドの職員も素行の悪い冒険者と同一に考えるだろう。


「これが冒険者ギルド発行のカードになります。決して無くさないでください」


冒険者を束ねるということは、その身元を保証することである。

血縁でも地縁でもない人間関係。

冒険者の利害のみが保障する身元保証制度とも言える。


「そうですね。今の冒険者のランクですと、この依頼はどうでしょうか?」


実力主義とは己の才覚と運と努力が結果を決めるだろう。

だが、多くの人は過大に評価するか過少に評価するかのどちらかが多い。

そこで、第三者の視点として適切な仕事のあっせんを提供する冒険者ギルドの価値は、冒険者本人にも事案の解決を依頼する依頼主にも過大な要求や過少な評価の失敗を減らす助力になるのではないだろうか。


「また新しいマニュアルですか……。今夜も残業か」

「このモンスターは、夜行性と言われていましたが昼行性の個体も確認されました……。そうなんだ」

「この道は土砂崩れで通れなくなりました……。近道あったかな?」


冒険者ギルドの労働環境は、その対処すべき事案の種類によって変化するであろう。

もし変化も無くルーチンワークの業務だけなら労働時間は規則正しくなるだろう。

だが、多くの冒険者ギルドは様々な変化に揉まれ飲み込む組織である。


「領主が変わったから、この街では新しい税金が作られたと」

「この冒険者パーティー全滅しちゃったの?」

「冒険者ギルドの金を持ち逃げして、永久指名手配か……」


移り変わる世情の鏡ともいえるのが冒険者ギルドかもしれない。

多くの金が動く組織は、多くの情報が流れ込み吐き出す組織でもある。

流通網も通信網もマスメディアも未熟な社会では、冒険者ギルドのネットワークは強力な力となったであろう。


「受付嬢って、一部からは人気あるのよね」

「実際は、この制服が人気あるらしいけど」

「でも、制服を持ち帰りできないのよね」


制服とは、どの組織に属しているかを示す大切なアイコンである。

その制服がどんなに人気があったとしても、私的に使わせないのは当然である。

実に残念であると嘆く人々が、一定数いるものである。


「ご依頼ですか?」

「そうですね。そのご依頼ですと銀貨三枚でしょうか?」

「わかりました。このまま手続きに入りますので、二階にお上がりください」


実は、冒険者ギルドの受付嬢は絶大な権限を持つときが二回ある。

一つは、依頼を受けるか受け無いかの判断である。

どんなクエストでも、受付嬢が門前払いをしたなら、それで終わりである。


「また貴方達のパーティーですか……」

「前回も通告しましたが、冒険者ギルド出入り禁止です」

「剣を抜くのですか……。すぐに警備の者がたたき出しますよ!」


もう一つは、冒険者にとっての最強の権限。

冒険者ギルド出入り禁止である。

受付嬢に、なぜ出入り禁止の権限があるのか。

それは、冒険者の素行を上層部に報告するからである。

その判断の材料となる一次情報の提供源であり上層部が信頼している受付嬢の判断が、実質的な冒険者ギルドの判断となる。

もし冒険者ギルドのお世話になるなら受付嬢を怒らせてはいけないだろう。


「この仕事、労働の割には給料は悪くないのよね」

「贅沢できるほどではないけど」

「待遇は、城に勤めるよりはるかに良いもの」


労働者にとって、賃金と待遇は極めて大切な要素だろう。

賃金の支払いが遅延したり劣悪な環境で働かせたりしたら労働意欲は失われるだろう。


「エルフの受付嬢って珍しいのかしら?」

「気が付いたら、私が冒険者ギルドの最古参とは……」

「転職しようにも、冒険者ギルドほど刺激的な職場は、そうそうないのよね」


人事と言うのは組織において双璧をなす要素である。

優秀な指導者。

優秀な従業員。

この二つがしっかりとした組織なら鉄壁の組織として発展するであろう。


「もう夕方か……」

「当直って手当は良いけど、運が悪いと激務になるのよね」

「今のうちに夜食を買いに行こうかな?」


勤務時間は需要と供給によって定義されることが多い。

事故、事件、災害。

いつ発生するか、放置すれば統治体制の正当性が揺らぐような事態に対処する組織は、原則当直による夜間対応が求められるだろう。


「受付嬢も当直大変ですか?」

「今夜は、実績がしっかりしている冒険者のパーティーが待機していますから安心ですよ」

「真夜中とかに、ギルド本部の扉がバーンっと大きな音立てて開くと、さすがに驚きますよ」


魔法がある世界でも、夜の暗闇に完全に打ち勝つのは電気の輝かしい活躍までは難しいだろう。

電気が輝かしい活躍をするということは、産業革命が終わったということである。

大量生産大量消費。

物流網が飛躍的に強化され社会資本が地図を塗り替えていく世界。

その時に、冒険者ギルドが生き残れるかは、難しいのではないだろうか。


「月夜が綺麗ですね」

「このまま何も起きないとよいのですが……」

「私は起きていますから、先に仮眠をどうぞ」


静寂と沈黙が支配する深夜の時間で、冒険者ギルドは特別なのかもしれない。

誰かが起きていて、誰かが訓練をして、誰かが戦うために待機している。

何と戦うかは不明でも、そこで寡黙に存在感を放つ建物。


冒険者ギルドとは、必然でも偶然でも運命で作られた組織なのではなく、ただ、魔法がある世界の社会的な需要で求められた極めて人工的な組織なのではないだろうか。


私の結論は、冒険者ギルドとはきわめて作為的な目的で作られた組織である。

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思考実験的異世界 ミルティア @sapphire5

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