魔王エブリはバズりたい!
ながワサビ64
第1話
時は満ちた。
「全軍、突撃準備!」
号令に合わせ、兵達が武器を構える。
見渡す限りの魔物の軍――およそ10万。
わしの可愛い下僕たち。
歪みが徐々に
霞の先に見えるのは異国の景色。
「落ちこぼれじゃったわしが、今や貴族も震える信仰の魔王。じゃがわしは満足せんぞ……目指すはやはり、誰も成し得なかった人間界の支配じゃ」
親もなければ家もない。
自分の出自も覚えてない。
成り上がるための魔力もない。
能なし、ツノなし、乳なしと蔑まれ。
雑魚幼女などと馬鹿にされても突き進んだ。
苦節8年――
長かった。本当に長かった。
「エブリ様。景気付けの果物汁にございます」
「戦争前に飲んどる場合か? 憂い奴め。持ってまいれ持ってまいれ!」
うむ、何度飲んでも果物汁は最高じゃな。
人間界を支配した暁には、ドルマの果実を大量生産できる農園を作りたいのう。
人間にも強者がいると聞くが果たしてこの10万の兵を止められるだろうか?
否! 誰が止められようか。
ただの軍ではない。
我らは多種族混合の連合軍。
互いの弱点を補い合う完璧な軍隊じゃ。
油断もない。
慢心もない。
歪みが消え、道ができる。
わしは全軍に檄を飛ばした。
「突撃じゃあああ!!!」
暗転からの明転。
そこには見慣れない景色が広がっていた。
奇妙な鉄の塊が走っておる。
空にも鉄の塊が飛んでおる。
壁の絵は動き、巨大な建物がいくつもある。
民衆達から悲鳴が上がる。
10万もの兵を見たら無理もないがな。
未知の世界。未知の文明。
昂る。昂るぞ。
わしは今日、この世界の全てを手に入れる!
民衆の中から一人の男が躍り出た。
やる気のなさそうな青い服のモヤシじゃ。
民を襲う気はない――が、邪魔をするなら容赦はしない!
「信仰の魔王が通るぞ!! そこを退け!!」
「〈
何かを呟く男。
その体を包む膨大な魔力。
背後に現れた漆黒の騎士。
一瞬の静寂――そして。
ズッドオオオオオオオオン!!!
「へ?」
吹き飛ばされてゆく兵士達。
体がバラバラに粉砕されているのが見える。
バルちゃんが飛んでいく。
ゴザりんは潰された。
キャロンの頭がない。
わしも例外なく宙を舞う。
爆風によって彼方へと飛ばされる。
愛しの兵士達が紙屑のように吹き飛ばされ、あっという間に信仰は〝0〟になっていた。
『一撃で討伐完了おおお!!! すごい、凄すぎるぞこの男おおお!!! 彼こそ、彼こそが日本で四人目のS級!! 國守レンだあああ!』
奇妙な機械音を最後に、わしの意識はそこで途絶えた。
◇
『……ですが、國守レンさんの活躍で人的被害ゼロ! いやぁー衝撃のデビュー戦でしたねぇ』
『B級ダンジョンならまぁ当然やろ。日本でたった四人しかいないS級なんやろ』
『そうは言ってもですね? 我々が独自に入手した情報によれば、魔物の数も10万近くいたそうですが――』
「物騒な世の中になったもんだねぇ……」
テレビのワイドショーを見ながら、ため息混じりに呟く老婆。
世の中が物騒になったのは8年前のこと。
世界に〝ダンジョン〟と呼ばれる穴が現れ、奥から異形の者達が人間世界で暴れ回った。
ほどなくして不思議な力を持った〝英雄〟と呼ばれる人間達がこれらを討伐し、英雄達はダンジョンを抑止・管理するための組織が作られると、それまで脅威でしかなかったダンジョン内の資源が明るみになる。
未知の鉱石、未知の生命体。
中でも奇跡とも呼べる〝アイテム〟は、不治の病を治し、欠損した部位を生やし、超人的な能力をも与えた。
今までの常識を覆すそれらの存在が、人々をダンジョンへと誘った。
ダンジョンに潜ると人間は〝進化〟する。
進化した人間は晴れて新しい英雄となる。
わずか数年でダンジョンの〝発生場所〟まで完璧に探知できるようになり、今では小学校の社会科見学でダンジョンに潜るほど、人間世界で認知・必要とされる場所となっていた。
保有する〝魔力〟によって英雄の強さがランク付けされ、世界屈指の強さを持つ英雄には〝Sランク〟の称号が与えられるという――。
『なお、今回のB級ダンジョンはコアの破壊まで完了済みとのことです。田中さん、ポーションも何点か確認されたそうですよ』
『我々一般人には縁のない代物ですわ。そこらのスーパーに売ってるような値段なら、ぜひワイの禿頭にぶっかけてやな――』
「歯も生えてくるのかねぇ」
と、渋い顔で煎餅を齧る老婆の部屋の隣――ボロい2DKの一室で、画面の前に誰かが座っていた。
「うむ。このカシはマズイな! 気になる点数は3点じゃな!」
魔王エブリがそこにいた。
築60年のボロアパートに彼女はいた。
服装は鎧から熊のパーカーへと変わっている。
画面上では、お菓子を片手に笑みを浮かべるエブリの姿と●Liveの文字が並んでいる。
匿名:つまんな
匿名:学校サボんなガキ
画面に並ぶ辛辣なコメント。
接続数が1から0へと変わる。
彼女はもう魔王ではない。
人間界を支配する力もない。
今はただの〝配信者〟である。
「今日の雑談も悪くなかったぞ。皆チャンネル登録よろしくの〜」
彼女は野望を諦めてはいなかった。
自分の信者を増やすため。
失った信仰を取り戻すため。
魔族配信者、衝撃のデビュー。
エブリちゃんねる。
登録者数――0名!
To be continued…
魔王エブリはバズりたい! ながワサビ64 @nagawasabi64
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