第15話 反魂術の真相

「一緒に働くなんて……嫌です。僕は未成年ですよ。あの杖は極秘裏ごくひりに開発された兵器なんでしょ?戦う理由がなくなった今、そんな危険なものに手を出す必要などない。父のことについては知りたいけれど……」

「確かに、百鬼ひゃっき招具しょうぐはもともと軍事目的で作られた。だが、未来永劫そうだと決まったわけじゃない。妖怪に由来するテクノロジーが社会に浸透し、彼らと人間とが共存できる世の中を目指すことだってできる。俺はそんな未来を『妖怪パンク』って呼んでる」

緋出ひいでは思わず、牛王坊ごおうぼうあかねのことを思い浮かべた。緋出にとって彼らは、兵器ではない。人間でこそないものの、確かな人格を持っている。

「だから俺は、人間達がしっかりと、この技術をコントロールできるようにならなきゃいけねえって思う。そのためには、妖怪の自立を目指す逢魔座おうまざにイニシアティブを奪われないようにする必要があるんだ」

緋出は一理あると思った。軍事機密を巡っての国家対テロリストの対決、という単純な構図では割り切れないものがあるようだ。両者の対立は描く未来像の違いによるものなのかもしれない。

「お前はもはや部外者ではありえない。これまで多くの妖怪や、幾人かの法師と出会ってきたことだろう。だからここで、俺の知ってることを洗いざらい全部話す」

岸丸きしまるは椅子を寝台のそばまで引き寄せてきて、緋出の横に座った。

「全てはとある新種のキノコから始まったことなんだ……」

「キノコ?」

「厳密に言えば変形菌へんけいきん、あるいは粘菌ねんきんだな。しかもばかでかい。ツキノホコリとかいう名前がついている。変形体は分かるか?」

「ええと……。変形菌が胞子を放出するための状態を子実体しじつたいと言うんですよね。キノコみたいなやつ。それがアメーバ状になって餌を求めて動き出す、これが変形体……であってますか?」

「まあ大体そうだ。百鬼招具にめられてる黒石こくせき、これが子実体。召喚される妖怪、これが変形体」

「ええええええ!」

緋出は目をいた。

「ツキノホコリは光刺激を受けることで、子実体から変形体になる性質を持っている。そしてどんな形に変形するかは、その時受けた電磁波の波長や周波数の如何によるわけだ」

「しかし、それがどうして妖怪になるんです?」

「妖異・伝説アーカイヴっていうのがあってな。今世紀の初頭にとある国立機関の肝煎きもいりで作成された、妖怪伝承に関するデータベースがもとになってるんだ。今はもう一般人には見れないが」

「そんな便利なサイトがあったんですね」

「ああ。このアーカイヴは伝承の起源地や出典みたいな基礎情報に加えて、妖怪の3Dデータまで内蔵している。思考パターンや能力まで再現したスグレモノ。VRセットさえあればバーチャル空間の妖怪と触れ合えるって代物しろものだ」


牛王坊や茜は元々データ上の存在なのだ。彼らの実在を信じ始めていた緋出にとって、この事実は少なからぬ衝撃を与えた。


「ん?大丈夫か。薄々感づいてると思ってたんだが……。まだ続くんだから、よく聞いておけよ。今から二十五年前、百鬼招具に搭載されてるDE・M・I・SEディマイズシステムが完成した。ディマイズってのはDEvice to Materialize Imaginary SEpulcheredの略だそうだ。俺には意味分からん。これは電子情報を電磁波信号に変換して、ツキノホコリの子実体に送り、変形体が特定の形態・性質を発現するように制御する―平たく言えば、アーカイヴに登録されてるデータ上の妖怪を、 3Dプリンターみたく実体化させるためのシステムだ」

「でも、妖怪の中にはしゃべるやつもいますよね。変形菌に声帯はない。火を吹いたりする妖怪だっている。火炎放射器官なんて怪獣じゃないんですから、再現不能では?」

「そこで体感チップの出番だ。あれはVR空間だけじゃなくて、現実空間でも作用する。バグみたいなもんだけどな。ツキノホコリが再現した妖怪を、VR上のデータとみなして脳内のチップが誤作動を起こす。しゃべってるように聞こえる、火を吹いてるように見える。脳内で実際にそう処理されてるんだから、現実に体感してるのと変わらない。幻肢痛ファントム・ペインと同じさ」

妖怪に近づくたびに体内端末が停止してしまうのは、体感チップがバーチャルモードに入ったからだ、と緋出はようやく理解した。妖気のせいなどではなかったのだ。

「だから、体内端末の代わりに体外式通信機スマートフォンを持ってる法師がいるですね」

「そういうことだ。以上がDE・M・I・SEシステムのあらまし。だからここでいう妖怪は超自然的な、自然界このよ理法ルールを逸脱したものじゃないんだよ」

緋出は、牛王坊の過去についてよく知らない。また茜の性格についても、出会って日の浅いことゆえよく分からない。だからもっと長く一緒にいて、彼らのことを理解したいと思っていた。しかしそうした内面すらも、誰かが考えたキャラクターの設定に過ぎないものなのだとしたら―彼らの人格が、途端に薄っぺらなものになるような気がした。緋出は無意識のうちにうつむいていた。

「お前……いや。坂鳥さかどりだっけな。やけに深刻な顔してるな。問答無用で働かすってのは、本当は発破はっぱをかけるためだったんだ。それどころじゃねえってんなら、無理は言わねえ。ごめんな、坂鳥。俺が大人気おとなげなかった」

「岸丸さん。今日はどうもありがとうございました。今夜はもう遅いので失礼します」

「ああ。なんかあったらまた来なよ」

緋出の身体はすっかり元通りに動かせるようになっていた。しかし、心の奥がずしりと重い。己の胸に手を当てる。茜は懐の中で眠っている。心臓がざわつく。それを彼女に気取られないよう願いつつ、帰路についた。

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