第11話 窓辺の女

 払子ほっすの法師との戦いから二日経った放課後、緋出ひいではその日のことについて、響太きょうたに聞いてみた。だが彼の回答は要領を得ず、長身の女が石室に入ってきたと思う間もなく、眠りこけてしまったのだという。彼はその女こそ怪異の正体ではないか、とネット上で紹介するつもりだという。緋出は、それは不審者なんじゃないかと言ってみたものの、響太は自分の考えをゆずらなかった。緋出にとっては事実を述べているだけなのだが。


「そうそう、中央区ちゅうおうくMTモモタロウ動物園で最近、変な事件が起こってるんだってさ」

中央区とは吉備都きびと=旧岡山県行政の中心地である。動物園に限らず、ありとあらゆる公共施設にしつこいまでに「桃太郎」の名が冠せられているのは、岡山県時代からの伝統らしい。

りない奴だなあ。で、どんなヨタ話を聞かせてくれるんだい」

「そこで夜な夜な、動物がキャトられてるそうなんだ。先週はヤマアラシのスパァキィくんが被害に遭ったんだと」

「きゃと……。何?」

「キャトルミューティレーション!家畜が死体の状態で発見されて、調べてみたら血や内臓がすっかり無くなってたっていう怪奇現象のことだ」

「じゃあスパァキィくんはご臨終……」

「いやいや、危ない所を警備員が駆けつけてきたものだから、犯人は逃げていったって話だ。結構な量の血を吸われてたもんだから、動物病院で目下療養中」

「ふーん」

先日の佐野さのの発言によれば、吉備都中央区には逢魔座おうまざの支部が存在するという。この事件も、あるいは逢魔座と関係しているのではないか。

「犯人は大きな黒い塊に見えた、とは警備員の談だ。俺はチュパカブラ説をす」

「チュパカブラ、あーあれね。ガリガリの小型吸血鬼」

「そうそれだ!実は他にも証拠があって……」

こうなるとキリがない。響太のオカルト講釈こうしゃくを延々と聞かされるハメになる。

「あーわかったわかった。高説こうせつ御尤ごもっとも。さよなら」

「まーた急に切り上げる。お前は臆病者だからなぁ。今夜お前ん家に泊まりに行ってやろうか?今日は母さん出張だろ。家に一人っきりじゃ怖くて眠れないんじゃ……」

「ならん!」

緋出はがばとね起きて、VRコフィンから出た。例のごとく父の書斎に入り、牛王坊ごおうぼうの元へ。遺品整理は昨日の内にあらかた完了しており、以前と比べると少しばかり閑散かんさんとした印象を受ける。牛王坊は、相変わらず等身大フィギュアのフリをしている。昨日は「これ」を処分するのしないので、母と大揉めに揉めたが、何とか守り切った。


「学校終わったよ!」

緋出がドアを開けると、牛王坊は窓を背にして立っていた。そして窓の外には―女がいた。古風な白ずくめの服。長く伸ばした黒髪。それが何かもごもごと口を動かして、右手を執拗しつように振り動かしている。窓に右手を押し当てて、怪しげな動作を繰り返す。そのどこかぎこちない動作は、実は手招きのつもりなのではあるまいか。この世ならざる住人が、現世の人の真似をして、緋出を呼んでいるのではなかろうか。彼は、戦慄した。

パキッ!!!

耳をつんざくような音を伴って、ガラスは砕け散り、周囲には破片が散乱した。

「やっと会えたね」

「うわああああああ!」

緋出はその場に倒れ込んだ。

「緋出殿、お気を確かに!」

牛王坊の声に緋出は目を覚ました。

「ごめんね、驚いちゃった?」

よく見れば、窓から侵入してきた女は先日のツルギミサキである。おそらく襟立衣えりたてごろもを切断した時と同じ技を使ったのだろう。

「このたわけが!!窓を破壊して、あまつさえ殿を失神させるとは!!」

「えへへへ。入り方分かんなかったの」

「はぁ、はぁ。びっくりした。どうして僕らの居場所が分かったの?」

「んーとね。この辺りをぶらぶらしてたら、カラスの群れがゴミを漁ってたの。その中にどこかで見たことのある目つきのカラスがいてね、それがこいつ」

ツルギミサキはそう言って、牛王坊を指さした。

「牛王坊、まさかとは思うけど、本当?」

「いやはや、実を申し上げますと、その通りでございます」

牛王坊は恥ずかしそうにうなだれて、羽根をすぼめて小さくなっている。

「私はこの通り浅ましい禽獣きんじゅうの身となって、日々かような責め苦を味わっているのでございます」

牛王坊にも人知れぬ悩みがあるらしい。人間からすればたまったものではないが。

「ところで、殿はどういうご用件で?」

「ああ。中央区に妖怪がいるかもしれないから、今夜行ってみようと思うんだ」

「噂に聞く大都会でございますね。かしこまりました。この牛王坊、お供いたします」

「悪いんだけど、今日は僕だけで行くつもりなんだ。お前がカラスに化けたとしても、未成年にはペット所持が禁止されてるから」

「しかし。殿お一人では……」

「じゃあ私がついてく!殿に呼び出されてから町並みがすっかり変っちゃって、御伽草子おとぎぞうしの浦島太郎みたいな気分なの。だから殿、大都会を案内してよ」

「それはなりませぬ。だいいちこの時間帯に、若い男女だけで外を出歩くというのは、何でしたろうか―そう、不純異性交遊にあたるのではありませんか?」

「バレなきゃいいんでしょ?見つかりそうになったらこうだよ」

そう言ってツルギミサキは、小刀へと変化してみせた。妖怪の体とはつくづく、便利なものである。

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