第5話 憑かれた男

 はい。ええ、ええ、そうですとも。私がやりました。どうしてって?それはね、あのが好きだったからですよ。ツインテールのね、よく笑う子でしたよ。

 散歩してる時に会ったんです。私の飼ってるサモエド犬が、彼女のお気に召したみたいで。昔はともかくとして、今飼育免許が要るでしょ、生身のペットは。子供には飼えないんだ。だからうちのと触れ合いたくて、よく私の家に来てたんですよ。今時珍しいですよねえ、ペットなんてバーチャルで十分だって言う人が大半でしょうに。でも彼女は分かってたんです、本物の魅力というものを。

 あと、出身が同じ三重だったんです。ちょうど彼女が生まれたくらいの時ですよねえ、「カドゥルー事件」のあったのは。例の、カルト団体が起こした放射能汚染事件。私は中三だったかな。それで近畿の人はほとんど岡山県に移住して、すぐに名前が吉備都きびとに変わって。旧三重県の話をよくしたんですよ。それはそれは、熱心に聞いてくれて。

二年前のこと?あの日はすごい土砂降りでしたねえ。翌日総社そうじゃで土砂崩れがありましたよね。それでよく覚えてるんです。普段は庭でうちの犬と遊ばせてたんですけど、そうもいかなくなって。だから家に入れた。「おじゃましまーす」って言って玄関に入って、靴を脱いだらつま先を丁寧に、外側に向け直して。律儀りちぎな娘でしょ?その時ふと思ったんです。この娘が自分のものになったら、どんなに幸せだろう、てね。


ところで、『聊斎志異りょうさいしい』知ってます?蒲松齢ほしょうれいっていう中国人が書いた怪談集です。ええ、好きなんですよ、怪談。それにね、「伏狐ふくこ」っていう話がっている。ある男が狐に取りかれて、みるみるおとろえてしまって、医者に助けを呼ぶんです。そいつが処方したのが房中薬ぼうちゅうやくだった。まあ精力剤みたいなもんでしょ。それを飲んで、女に化けた狐と寝るようにと言われるんです。男はその通りにした。狐は散々嫌がったけれども、しまいには動かなくなった。激しすぎて、死んじゃったんです。

これって犯罪になりますか?なりませんよね。妖怪に人権なんてありませんから。せいぜい動物愛護法に引っかかるかどうかでしょう。妖怪って、いいですよねえ。


 正月明け、仕事で岩手に出張することになって、地元の民宿に泊まったんです。女の子の座敷童ざしきわらしが出るって触れ込みの宿にね。もちろん本気で信じてたわけじゃありませんよ。でも、どうせならそういうわれのある宿の方が、夢があるじゃないですか。

に会ったのはその時です。おかみさんと話してたら、本物の座敷童を見せてあげますよって。妙に芝居がかった話し振りの男の子で、あの娘と同じくらいの歳に見えました。名前?忘れました。でも「逢魔座おうまざ」っていう、人間と妖怪が共存するために尽力してる団体に入ってるんだそうで。半信半疑でしたが、自宅に帰ったらね、いたんですよ。赤い振袖を着た、小さな女の子がね。

それはもう、たっくさん可愛がってあげましたよ。和服だってお洋服だってなんでも買ったげました。でも、一週間くらいしたらいなくなっちゃったんです。

 

しばらくして、例のこましゃくれた男の子が、また訪ねてきたんです。今度はスーツ姿の大男も一緒でしたね。そいつすごい毛深くて、色黒で、ゴリラみたいでしたよ。私の一挙一動に目を光らせてるようで、気味が悪かったです。私の考えを読んでるんじゃないかって、そんな気にさえなりました。そいつが男の子になにやら耳打ちすると、大男の背後からひょっこりとね、女の子が出てきたんです。

 名前は知りません。怪談と妖怪って、あくまで接してるってだけで、本来別々の領分じゃないですか。だから妖怪のことはよく分かりません。

 妙に肌が赤くて耳が長いことを除けば、人間の女の子とあまり変わりませんでした。さらっとした黒髪が地面に届きそうなほど伸びてて、ちょっと見惚みとれちゃいましたよ。でもその子はすぐどこかにいっちゃいました。お風呂にいれてあげようと準備してたら、ふっと消えちゃってた。

 そしたらね、なぜだか急にさびしくなったんです。二年前のあの娘に会いたくなって、掘り出しに行きました。最初は大きなスコップを使いました。あらかた掘ったら傷付けないように、移植いしょくゴテに持ち替えて、慎重に慎重に。

 あの娘、二年前とほとんど変わってなかったんです。ずっと地面の下にいたというのにね。再会した時は、とっても嬉しかった。手の甲にキスをして、抱きしめてうんと息を吸い込んで。うふふふ。私の好物、熟成肉なんですよ。

 丑三つ時だっていうのに、どうしてサイレンが鳴り響いてるんだろうって、気付いた時にはもう遅かったんです。でも後悔はしてませんよ。綺麗なあの娘にえたんだから。


 ところで、刑務所の敷地内にお墓ってあるんですかね?どうしてそんなことを聞くんだって?それはもちろん、お墓参りのためですよ。誰のために?誰でもいいじゃないですか。ねえ、教えてくださいよ。ねえねえねえ。



【女児誘拐殺人・死体損壊の容疑で27歳の会社員を逮捕】 


朝っぱらから胸糞むなくそが悪いニュースだった。二年前行方不明になっていた女児は遺体で発見され、犯人の男は全面自供ぜんめんじきょうした。しかしところどころ、彼の発言には意味不明な部分が含まれており、オカルト系の個人サイトを通じて妖怪の仕業であるとのうわさがばらまかれた。

緋出にとって、妖怪はもはや現実のものとなっている。妖怪の存在が明るみになった時、この国は一体どうなるというのだろう。言い知れぬ不安を覚えつつ、彼はディスプレイを閉じた。さあ朝食だ。今日は、ハムじゃなかったらいいな。

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