第3話 霧中の怪①
「事件からもう一週間が経っているようだが、テロリストの身元は判明したかね」
執務室のソファに一人、
「ええ。
「分かった。もういい」
老人は右手を軽く振り、続く秘書の言葉を制止した。
「
◇
ああ忙しい。体内時計の設定に逆らって、緋出は珍しく寝坊した。昨夜の疲労のせいか、脳が起床することを拒んだのである。あの杖がいかなる原理で
呼び出しておいてこのまま放っておくわけにもいかないから、タクシーで家に連れ帰ることにした。そもそも、何が「あなたを守ってくれるでしょう」だ。僕は何かに狙われているとでもいうのか。母にバレないように書斎まで連れてゆき、もし彼女が入ってきたら人形のフリをしろと言いつけた。あの部屋なら等身大フィギュアが一体増えたところで気付くまい。遺品整理は整理士の
母、「そんなにガツガツ食べたら喉に詰まるわよ。」
急いで朝飯をかきこむ。食事など
「だいじょ……ゲホゲホッ。うううん、ふぅ。今日はフィジカルデーなんだから、登校時間に間に合わなくなるじゃん」
緋出の通う
「天狗 ペット 飼い方」
検索ワードを念じると、ディスプレイに検索結果が表示された。「もしかして:テングザル」。この役立たずめ。学校からの帰り道、タクシーの中で
「どうも簡単には飼えなさそうだな、カラスは。そもそもペットは18歳になってから、だものなあ……いやいや前提として、烏天狗の食べ物ってカラスと一緒なのかなあ。お?」
人通りの絶えた住宅街の一角で、突然タクシーが止まった。と同時に、瞳に映っていたディスプレイの画面も消失し、応答しなくなった。前方に障害物らしきものは見当たらず、目的地の設定を間違えたわけでもないようだった。緋出は下車して外の様子をうかがった。
日中だというのに外は一面の霧に覆われており、視界は極めて悪い。緋出は戸惑いながらもゆっくりと歩きだした。
左手に木造の
「すみませーん。誰かいませんか―?」
おそるおそる声をかける。
「タクシーと体内端末が同時に故障しちゃったみたいで、道を教えていただけますか?」
「がぁごぁ……」
白布がめくれると、全身を朱色に染めて、牙を
「兄ちゃんや。たすけ……」
しわがれた声だった。お年寄りを蹴飛ばしてしまったか。緋出は男に追われる恐怖のあまり、構わず駆け出した。
曲がり角の先は―
また寺だ。
「うううぅ……」
異相の男は軒下にうずくまり、恨み言とも、うめき声ともつかぬ声を上げる。
やはり飛び降りたのだ。さっきよりこちら側に進んでいる。
今度は角を左に折れた。
「兄ちゃんや。助けて……」
「うわあ!」
緋出はまた転げた。そして一瞬振り向いて、
そして角の先には―「ぜぇぇぇ……」
またもや同じ寺があり、その前で男が
もう観念して、緋出は立ち止まる。予想通り、そこには老爺の横顔があった。地べたに腰かけて
「兄ちゃんや。助けてほしくば杖をくれ」
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