第3話



 ハルピィの家は文字通り雲でできており、土台の雲から少し浮いていた。

 見回せばどの家も同じように少しだけ浮いている。


「お、おじゃましまーす」

「いらっしゃい」


 部屋の中も初めて見るものばかりで、エミリアはいろんなものに目移りしながらすすめられた椅子に座った。

 椅子も同じように雲でできていて座り心地が非常に良い。

 ふわっふわである。


 ハルピィはおじいちゃんを呼んでくると奥へと入っていったので、今は部屋に一人だ。

 テーブルに置いてあった本を触ってみると、これまたふわふわで紙ではなく雲でできていることが分かる。

 エミリアはそれが楽しくなっていろんなものをつついていた。




「あはは、本当に楽しそうだねエミリアは」


 いつの間にか戻ってきていたハルピィが笑う。

 その後ろには初老しょろうくらいにみえる男性が付いてきていた。



(はしゃいでいるのをみられちゃったっ)


 ハルピィとよく似た目元を細めながら立っている男性にももちろん真っ白な翼が生えていた。


「やあ君がエミリアちゃんだね」


 男性は耳に心地の良い低音で彼女の名を呼ぶ。

 その声からは好意が感じられ、彼女を見つめる瞳も柔らかい。


 はしゃいでいるところを見られて変な子だと思われてはいないようで安心だ。



「はい、エミリアと申します! 急に押しかけちゃってすみません」

「おやおや、ずいぶんと礼儀れいぎの正しい子だ。しかも昔のアルビアにそっくりじゃあないか」

「え?」


 アルビアとはエミリアの母の名だった。

 突然とつぜん母の名が出てきて驚く。


「ははは、突然で驚いたかい? すまないね。私はクロード。ハルピィのおじいちゃんだよ」


 驚いて言葉をうしなっていたエミリアにクロードは笑いかける。


「まあ、驚くのも無理はないだろうね。かくいう私も驚いているのだから」

「えっと……」


 話が見えずに目を白黒させるエミリア。

 彼女の頭はパンク寸前だった。


「とりあえず、座って話そうじゃないか」


 あいさつするときに立ち上がった状態じょうたいのまま棒立ちになっていたエミリアにイスをすすめると、彼は自分も向かいの席に腰を落ち着ける。

 ハルピィはクロードの隣に腰を下ろした。



 エミリアもそのまま椅子に腰を下ろすと、タイミングを見計らったように口を開いた。


「さて……。君の話はハルピィから聞いているよ。光に導かれてこの国に来たんだってね」

「あ、はい。光の正体を知りたくて……」


 クロードは考え込むように口に手を当てる。

 ややあって真っ直ぐにエミリアの目を見つめた。



「そうだね。……君は妖精ようせいと呼ばれるものを知っているかい?」

「妖精ですか? ……確か体の小さないたずら好きなもの、でしたっけ」


 自信なさげなエミリアの答えにクロードはうなづいた。


「そう、その種族のことだよ。彼らは神の使者とも、魔への導き手ともいわれる者達で、分かっていないことが多いが一つ確実なことがあってね。それが体から淡い光を放っているらしい」

「淡い光って……!」


「そう、君が見たのはその妖精なんじゃないかって思うんだ。というのも君のお母さん、アルビアも昔光と共にやってきたことがあるんだよ。私はその時に彼女に会っているんだ」


 もうずいぶん昔の話だけれどね、とクロードはなつかしむように目を細めた。


(お母さんがそんな体験していたなんて……)


 エミリアはそんな話を聞いたことなどなかった。

 それにその妖精と自分が見た光が同じものかもわからない。



 だがもし同じであるのなら、これはきっと、母を治すチャンスだ。



 エミリアはクロードの視線をしっかりと受け止める様に前を向く。

 その瞳には希望の光がともっていた。



「お願いです。妖精のことを教えてください!」



 ◇



 エミリアとハルピィは空の国でも上空にある蠱惑こわくの森と呼ばれる森の入口にやってきていた。

 ここは空の国の人も滅多に寄り付かない場所で、他の世界に通じているとも、魔への道であるとも言われている場所であった。

 妖精の導きがなければ通り抜けることができないとも言われている。


 そしてもう一つ。

 入れば出てこれないというのだ。

 どういう原理かは分からないが、一方通行なのだという。

 蠱惑の森に入った者は戻ってきたものがいないからそういわれているらしい。



 つまり入ったら最後、何が起こるか分からないし空の国には戻ってこれなくなるということだ。


 けれどもエミリアには母の体が治る可能性があって、自分も帰れる可能性があるのであればいかないという選択肢せんたくしはなかった。



「ハルピィ、送ってくれてありがとう」


 エミリアはここまで送ってくれたハルピィに礼を言う。


「いや、ついていけなくてごめんよ」

「ううん! だって私1人だったらここにすらこれていなかったんだもの。ハルピィには感謝しかないわ! 」



 固く手をにぎると森の中へと足をふみこむ。

 エミリアはハルピィの姿が見えなくなるまで手をふり続けていた。



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