世界を旅する魔法使い

香散見 羽弥

第1話



 上空は常にモヤがかかりうす暗いそこでは、人々が暮らすあかりが満点の星空のように煌めいている。

 ここは朝の来ない国、ネノクニ――


 名前の由来はこの国が大きな木の根の中に作られているからだ。大樹は通称ツリーハウス。

 誰が考えたのか分からないが、割とまんまなネーミングだ。


 そんな常夜のネノクニで、元気のよい声が聞こえてきた。



「おばあちゃん、これちょうだい!!」

「はいよぉ。今日も買い物かいエミリア」


 少女の元気な声がツリーハウスに響く。

 腰の曲がったおばあちゃんが店先に顔を出すとエミリアと呼ばれた10歳の少女がオレンジ色の果実を手に取っているところだった。


「うん。お母さんに頼まれたから」

「偉いねぇ。お母さんの体調はどうだい?」

「あいかわらずかなぁ。でも悪くもなっていないよ!」

「そうかい、しっかりと見ておやんなさいね」

「うん!」


 エミリアの母は体が石化するという病を抱えており、エミリアはずっと母の手伝いをしている。

 石化の原因は分かっていない。

 だが母には心当たりがあるようで、笑いながら「妖精ようせいにいたずらされたの」といつも話していた。


 エミリアに心配させまいとそう言っているのか、それとも本心からそう言っているのか。

 今のところ分かっていないが、エミリアはそれを信じている。

 そしていつかその妖精に会えたら母を治してもらおうと思っていた。




 エミリアは手渡された袋を抱えると店を後にする。


 ぴょこぴょこと足取り軽く歩くと、肩の上で結ばれた髪が上下に揺れるのが楽しい。

 しばらく歩いていると噴水ふんすいのある広場に着く。

 広場では遊び盛りの少年少女たちがきゃっきゃと声を上げて走り回っていた。


 ふと、こそこそと話す声が聞こえてくる。



「ねえ知ってる?」

「なになに?」


「ネノクニには違う世界への扉があるんだって!」

「違う世界?」


「そう! 物語の中でしか見たことがないけれど星空じゃない、真っ青なお空が見えるんだって!」

「本当に!? え~行ってみたいなぁ」


 彼、彼女らにとってはひそひそ声のつもりなのだろうが、エミリアにはしっかりと聞き取れる大きさだ。


(違う世界……?)


 エミリアにとってもその話題は興味がひかれるモノであった。

 もし本当なのだとしたら、母にいたずらをした妖精もそこにいるのではないか。

 彼女の頭の中にふとそんな考えがよぎる。


(そうよ。だってここには妖精なんていないもの。でも違う世界があるんだとしたら、きっと妖精だっている! それに……)


 エミリアは上を見上げた。

 そこには相変わらずモヤが立ち、うすく星のような明かりが浮かんでいる。



(違う世界ならきっと青い空が見られる……!!)



 彼女にとっては青い空を見るということは一つの夢であり、いつかはこの国を抜け出してみたいと思っていたのだ。

 それが異世界だというのなら、どんなにステキだろうか。



(いけない、早くお母さんに頼まれたものを届けないと)


 中身の入った紙袋を抱え直し、帰り道を急ぐために広場を通り過ぎる。



 ◇



 広場を通り過ぎて角を曲がった時、彼女の目の端に不思議な光が横切ったのが見えた。


「?」


 なんとなく気になってそちらを見てみると、やはり見間違いではない。

 誰もいないのに木の根の割れ目からは光がもれていた。

 しかもそれは人工的なものではなく、蛍のようにピカピカと点滅てんめつを繰り返してふよふよと浮かんでいる。


「何だろう?」


 彼女はちょっとだけワクワクとする心を抑えきれなかった。

 だっていつも通りの日常に、いつも通りでない物が現れたのだ。

 好奇心は止められない。


 エミリアは腕の中にある袋と点滅を繰り返す光を見比べると、少し寄り道をすることにした。


「大丈夫、何か確かめたらすぐに帰ればいいんだもの」





 光にゆっくりと近づくと、木の根の割れ目には小さな穴が開いており小さな子であれば通れるようになっていた。

 エミリアは同年代の子より小柄な女の子なので、何とか通れそうだ。


 顔だけ突っ込んで奥を見てみると、何かの通路のようになっており、光はその奥へと向かっているようだ。


「こんなところに通路が?」


 エミリアは少し迷ったが光を追うことに決め、手に持っていた袋を地面にそっと置くと、小さな穴を体をねじ込むように進む。


(早く追わないと光を見失っちゃう!!)



 細い道をぬうように進むと、突然開けた場所に出た。


 見回すとネノクニの中でも深部と言える地下空間のようだ。

 いろいろな通路からここへと出られるようになっているようで、エミリアが今出てきた通路以外にもたくさんの穴が開いているのが分かる。


 その中心には大きな扉があり、淡く白い光を称えている。

 小さな光は其処へと向かって吸い込まれるように入っていった。


「……すごい」


 エミリアは茫然ぼうぜんと立ちすくむ。


 壁や扉の装飾にはぼんやりと発光する植物が絡まっており、床は中心へ向かうように不思議ふしぎな模様が見て取れた。



 もしかしたら、先ほどの噂は本当なのかもしれない。

 そう思えるほどそこは神秘的しんぴてきな景色であった。



 エミリアはゆっくりと扉へと近づくと、ゴクリとつばを呑みこむ。


(この先に何が待っているの……?)


 彼女は導かれるようにその扉のノブを回す。


 ――カチリ


 ドアが開いた。

 エミリアは吸い込まれるように体を滑らした。



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