第13話 マビル村の温泉

 ダンジョンから戻る最中に、公式ペンシルの使い方を考える。

 説明によると書き換えた情報を現実に反映できるようだ。

 だとすると…


 俺は、マビル村復興計画と、シリ教の布教を同時に出来る案を思いつく。

 アーティファクトが見つかったことは内緒にしておこう。

 iPhoneの存在すら知らない人々には無用の長物だからだ。

 まずは食堂へ向かった。


「やっぱりアーティファクトは見つからなかったよ」

「やっぱりそうさね。無かったかね」


 女将はとくに落胆もしていない様だった。


「今日は疲れたから、この村で一泊したいのだが、宿はあるかい」

「2回に部屋があるさね。安くしておくよ」

「ありがとう。それじゃ使わせてもらうよ」


 部屋で休んでいると、シリから連絡が入る。


「透さん、どうしてこの村で一泊するのですか。もうアーティファクトも見つかったし、用はないと思うのですが」

「まあ、聞け。俺に秘策がある。あの公式ペンシルを使って、この村の復興とシリ教の布教を同時に行おうと思うんだ。お前もシリ教徒が増えると嬉しいだろう」

「お前って呼ばないで。でも、本当に教徒が増えるならうれしいですね」


「教徒が増えるどころか、ここをシリ教の重要地点にまでできると考えている」

「本当にですか。どうやってそんなことを?」

「まあ、簡単な話だけど、明日までのお楽しみだ。成功すれば、じゃんじゃん教徒が増えるぜ」

「それなら待ちますよ。楽しみにしていますよ」


 そこでシリとの通話は切れた。

 すでに仕込みは終わっている。

 俺が宿に一泊するだけだからだ。

 あとは明日を待つばかりだった。


 次の朝、俺は焦ったような雰囲気で女将に言った。


「夢で、女神シリからお告げを受けたんだ。この村の中心部にある広場を掘ると、温泉が出るって」

「本当さね? 信じていいものさね」

「とりあえず、人手を貸してよ。ちょっと掘れば温泉が出るっていうから、そんなに手間じゃないしさ」

「わかったさね。何人か行かせるよ。あと道具も必要さね」

「ありがとう。女将」


 俺は広場へと移動した。

 まだ誰も来ていないが、すぐに集まってくれるだろう。


「兄ちゃん、本当に温泉なんか出るのかい?」

「こんな朝っぱらから面倒な」


 何人か人が集まってきてくれた。

 女将は本当に人を寄越してくれたようだ。


「広場っていっても結構な広さがあるが、具体的にどの辺かわるかい、兄ちゃん」

「えっと、ここら辺かな」


 俺は具体的な場所を指定した。

 自分で仕掛けたものだから、簡単であった。


「よしわかった。みんなでここら辺を掘ってみるぞ」


 それから男たちは黙々と掘り始めた。

 すると5分も立たないうちに、温泉が出はじめた。


「おお、本当に温泉が出た」

「まさか、冗談だろ。こんなに簡単に」


 ここで俺は大きな声でおどろいて見せた。


「女神シリ様の預言は本当だったんだ。シリ様バンザイ」


 俺の声に、「シリ様バンザイ」の声が続いた。


 種明かしをすると簡単である。

 『地図アプリ』でここの広場を表示して、公式ペンシルで、『温泉が無限に出る』と書いたのであった。

 それを書いた後に温泉の効能として、「体力回復」「魔力回復」「小さな傷修復」「大きな怪我改善」「美肌効果」「若返り」「飲料可能」……

 と色々と効能を付けたししておいた。

 チート温泉の出来上がりである。


 それをシリのお告げで見つけたとなると、シリの株も上がるであろう。

 温泉が出てからは話が早かった。

 まずは村人が温泉に効果があるか確かめるため、ある者は飲んでみて、あるものはつかるための風呂を準備した。


 異世界にも温泉につかるという文化があって助かった。

 そして温泉が本物を確認されると、まず、簡易的な温泉施設が準備された。


「あんたのおかげさね。これでこの村に再び活気が戻って来るさね」


 女将に言われた。

 悪い気はしなかった。


「俺は女神シリに告げられたことを広めただけだ。何かをしたわけじゃない」

「そうは言ってもさね。今まで誰もそんなお告げを受けたものはいなかったさね。あんたには何かあるさね」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。俺にはわからん」


 温泉が出た日から、村は活気づいた。

 次の日には近くの住民が見に来たりしていた。

 温泉が知れ渡れば、宿泊施設や食堂も必要になるだろうと、今まで使われずにいた建物の掃除なども始まったようだ。

 あと狙い通り、女神シリのお告げで出た温泉という事で、シリ像を立てることも決まった。


 想定外だったのは、俺に村長をやってくれないかと言われた事だった。

 それは丁重にお断りした。

 ここの地を拠点に活動するつもりだったが、常駐するわけじゃないので、村長の役目は果たせないと思ったからだ。

 そう告げると、名誉村長なら名ばかりの役職で実務はないと言われて、なかば強引に押し付けられてしまった。

 どうしても俺に役職を与えたかったらしい。

 感謝の印であろう。


 女神シリ公認の温泉として、マビル村は栄えていった。

 何せただの温泉ではない。

 チート温泉である。


 その成果もあって、女神シリの信者も増えていった。

 シリ温泉にはまった人は全員信者といってもいいのではないか。

 観光客が増えていく。


 もともと栄えていた村だから、宿泊は何とかなる。

 足りない分は増築されていった。

 するとますます人が増えていった。

 シリからline通話が入った。


「透さん、すごいじゃないですか。私の人気がうなぎ上りですよ」

「俺としてはお前の人気より、この村をどうにかしたいという気持ちの方が強かったがね」

「お前って呼ばない。それでもですよ。人気が副産物の結果だったとしても、事実人気が上がっていますからね。これをきっかけにジャンジャン頑張ってくださいね」

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