第13話 おまじない

 あれからというもの、ヴィクター夫妻が持たせてくれていた資金を使い、電気が復旧した。あの夫妻には助けられてばかりだ。

 ソーンは懸命に仕事を探し、リーヴルはバリバリ働いた。レーヴはというと、思い込み続けた結果、姿をもう一度見てもらえるようになった。頑張り続けても結果が出ないことはあれど、諦めないで続けて良かった。続けたことが実を結ぶ瞬間というのは、なんともいえない気持ちよさも感じる。心から嬉しい。

 見えるようになってすぐ、リーヴルが強く抱きしめ、頬ずりをしてきた。宝物のように、慈しむように。

「そういえばソーン、私と同じところで働く?」

 リーヴルが目を輝かせながら提案してみたが、ソーンは首を横に振った。

「もし、もしもだよ?もし仕事がうまくいかなかったら、格好悪いところ見せちゃうじゃん。」

「私がしっかり守るよ。意地悪しちゃう人がいたら私がめってするし、わからないことがあったら、何度でも何度でも教えるよ。悩みとかあったら一緒に話し合えるし…。」

 ソーンはとてつもなく嬉しそうだったが、それでも首を横に振った。

「すっごく嬉しい!でもね、私がきっかけで職場の人と仲違いするようなことあったら悲しい。それに、二人でいろいろな出来事を手広く共有したいなって思って。同じところにいたら、そこのことしかわからなくなっちゃう。だから、二人でそれぞれ違うことをたくさん学んで、経験して、共有して、一緒に世界を広げて、離れていても支え合ってるって実績と経験を積みたいなと思ってる!」

 リーヴルは目を輝かせながら話を聞いていた。

「それ、すっごくいいね!私たちの人生という地図を二人で一緒に作って広げていくんだね!手分けして!素敵!!」

 二人はあれから手をつなげるようにまでなった。大きく前進、見ていて微笑ましい限りだ。

 もしかすると、お邪魔かもしれないと思いつつも、ソーンの仕事が決まって、二人とも仕事が板につくまでは傍で見守っていることにした。


 夢と希望を語り合い、目的もはっきりしていたからか、ソーンの仕事もすぐに決まった。素晴らしい執念だ。

「よーし、頑張るぞ!」

 張り切っていたが、残念ながら、ソーンは朝が弱いことが発覚してしまった。

 毎朝リーヴルがご飯を用意し、ソーンを叩き起こし、着替えを準備し、二人一緒に部屋を出た。

 最初は優しくソーンを起こしていたリーヴルだったが、そのうち悪戯心が働くようになったようだ。鼻を摘んで起こしたり、足をくすぐって起こしたり、掛け布団を引っ張って起こしたり、着替えを布団の上からそれぞれ体の上に並べて置いて様子を見たり、様々だ。

 ソーンはソーンで、毎朝どんな起こし方をされるのか予想するのが、寝る前の楽しみらしい。

 夕ご飯と買い出しはソーンが担当した。片付けはリーヴルが受け持っている。レーヴはというと…。

「レーヴは私たちの抱きまくらだから!」

 リーヴルは相変わらず、レーヴを抱っこするのが大好きなようだ。最初はどういうわけかわからなかったが、抱っこしていると落ち着けるらしい。本を抱いていた頃が遠い昔のことのように思える。このままでは抱きまくらちゃんだ。

 ソーンは後方師匠面。腕組みをし、目を閉じ、静かにうなずいている。

 これじゃあ、出ていきようがないな。ちょっと妖怪としてどうなのかという扱いだが、これはこれで悪くはない。


 ある日のことだ。

 リーヴルもソーンも仕事が板につき、もう心配いらないと思っていた頃のことだ。

「あれ?リーヴル、まだ帰ってこないね?」

 ご飯の用意を一通り終えたソーンが時計を見て呟いた。残業だろうか。

「探しに行くからレーヴは留守番してもらってもいい?」

 レーヴは少し考え込んだ。

「でも、帰ってきたらどうやって連絡すれば良い?まだ二人とも通信機器の類を持っていないんだし、もうしばらく待ってみるのはどうかな。」

 心配なことに変わりない。だが、安易に探しに行くべきではない気がしていた。

 予感は的中した。勢いよくドアがバタンと開かれ、リーヴルが帰ってきたのだとすぐに気付けた。

「ただいま!」

 なんだかいつもより元気そうだ。どうしたんだろう。

「おかえり!どうしたの?帰りが遅かったけど。」

 ソーンは心配でたまらなくて死にそうだったのを隠しもしないで聞いている。

 打ち解けたなあ。

 心がじんわり温まるのを感じていると、リーヴルは嬉しそうにソーンを抱きしめ、ちょっとだけ暗い顔をした。

「それがね、私、すっごく悪いことで嬉しくてたまらなくなっちゃって。…あんまり話したくないんだ。」

 正直は美徳だなんて、よく言ったものだが、そこまで言われて気にならないわけがない。

「私はリーヴルのこと知りたいー!悪いことってなによ!隠し事なんてだめ!私には全部話せー!いや、全部話せなんて、ちょっとぐらい隠し事するの許してあげるけど…。」

 本音をぶちまけたかと思えば、最後ちょっと遠慮気味になっていくのが少しくすっときてしまうのだったが、気になるのはレーヴも同じだった。

「私も聞きたいな。」

 すると、涙を目にためながら、リーヴルがぽつぽつと話を聞かせてくれるのだった。

「ソーンを誘った後ね、新しく入ったおばさんが、どうしてか私にだけ性悪で冷たくて。」

 辛かったときを思い出したのか、ポロポロと涙が頬を伝い始めている。

「私、何か悪いこと言っちゃったのかな、態度が気に食わなかったのかなって、実はずっと気にしてたの。」

 涙で顔がグシャグシャになってしまっているのを、ソーンが優しく拭いてあげている。

「職場の先輩は私のこと励ましてくれて、守ってくれてたんだけど、おばさんのほうがお仕事テキパキ出来ちゃって、そのうち私に冷たくなっちゃったの。お仕事もっと頑張るぞって、はりきって、おばさんよりテキパキできるようになったけど、それでもみんな冷たくて。」

「うん、うん…。」

「新しく、新人さんが入ってね。みんな、ちゃんとお仕事教えないで、性悪なおばさんのご機嫌ばっかりとってるから、私がお仕事教えたら仲良くなってくれたの。」

 涙がおさまってきて、少しずつ嬉しそうな顔をするようになった。

「それでね、今日ね。本当に悪いことなんだけど…。」

 言い淀んだ。まだ話すか悩んでいるようだったが、ソーンがまっすぐ見つめ、頷いたのを見て、話そうと決意したらしい。

「…おばさんの旦那さんがね、心臓悪くして、運ばれて、おばさんが休んだの。ざまあみろって、思っちゃったの。おばさんがいないの、すっごく嬉しくて、いない分、みんなでお仕事頑張ったから、帰るの遅くなっちゃったけど、すっごく気が楽で、みんなに笑顔が戻って、また仲良く話してもらえて、嬉しくてたまらなかったの。いなくなっちゃえって、良くないことなのに、思っちゃったの。このままいなくなっちゃえば、みんなこんなに楽しそうで、優しくて、明るい職場なのにって。」

 嬉しそうだった顔は暗く落ち込んでしまっていた。

 嬉しくて、楽しかったけれど、理由が理由なので複雑な心境なのだろう。

 まさか、妲己がお守りに込めていた『おまじない』って…。

 レーヴはこの出来事に思い当たる節があったが、あえて口に出さないでおいた。リーヴルが自分を責めてしまいそうだと思ったのだ。心優しいリーヴルは耐えられないかもしれない。

「…いいじゃん!因果応報って言葉が世の中にはあるのよ!っていうか、悪い人がいたらめってするんでしょ!?自分のためにめってしなさいよー!どうしてそうなるまで話してくれなかったのよー!!二人でいろいろなこと共有して、地図を広げるんでしょ!抱え込まないで話しなさいよ!隠し事なしのルール作っちゃうぞ!全部話さないと罰ゲームにしちゃうんだぞ!」

 言いながら、リーヴルをギュッと抱きしめている。リーヴルは少し苦しそうだ。

「だいたい、やられっぱなしで黙っているんじゃないわよ。そのおばさんが悪いのよ!自業自得!日頃の行いが悪い!あなたは優しすぎるの!そういうとこも好き!嫌だったなら盛大に笑ってやりなさい!ざまあみろ、人に意地悪したバツだ!ハッハッハ!あなたが思えないなら私が言ってやるし、思ってあげる!私にもその心の重荷をわけなさい!私とあなたはひとつなんだから!あなたにできないことは私がやる!私にできないことはあなたがして!」

 リーヴルの顔色は赤を越えて青になりつつある。

「く、くるしい…。」

 はっとしたソーンは力を緩め、リーヴルの頭をそっと優しくなでながら続けた。

「ご、ごめん!ごめんね、大好き。それはそれとして、新しくできた後輩にお仕事しっかり教えて導いてあげたの、とっても偉いと思うの!その後輩、リーヴルがいてくれて良かったって、心から思ってるよ。いなかったら誰も面倒見なかったんでしょ?もっと自分を誇りなさい。今聞いた話ひっくるめてあなたが大好き!お願いだから抱え込まないで、私を頼って。」

 リーヴルもソーンも一緒に泣いて、お互い抱きしめ合った。


 レーヴは少し考え事をしようと部屋を出た。二人っきりにしてやろうと思ったからでもあるが、それだけではない。

「妲己、いる?」

 部屋を出てからしばらく行った先の公園で呟いてみた。

「あら、ばれてたの。」

 なにもないところから妲己が姿を現した。相変わらず美しいが、いまはそれどころではない。

「お守りにいれた『おまじない』だけど、呪詛返しと、もうひとつって…。」

 妲己は髪を手で払い、ふっと微笑んだ。

「お察しの通り。自分や家族に害をなすものが不幸に見舞われる『おまじない』よ。それも、最も苦しむ方法で起きるものよ。」

 少し得意げに微笑んでいる。

 ああ、やっぱりちょっと怖いなあ。

 竦んでしまったレーヴを見て、妲己は宙を眺めながら続けた。

「人間っていうのはね、優しくて無害そうなもの、力の弱いもの、誰からも守られないもの…そういった、自分が一方的に攻撃できるものに対して容赦ないのよ。他にも、綺麗なもの、何かが得意で人より目立っているもの、周りになじめないでいるもの、ちょっと人と違っていても、容赦なく排除しようとするの。…自分の上になにかいるように思えるのが、秩序を乱す存在に思えるものが、許せないんだと思う。異物扱いなのよ。」

 妲己を見ると、切なそうな、寂しそうな顔をしていた。

「あの子、やり返しもしないで、やられっぱなしだったでしょう?」

 返す言葉もなかった。実際、抱え込んで、今日やっと話してくれたくらいだ。妲己の『おまじない』がなければ、ずっと話す機会もなく抱え込んでいたかもしれない。

 察したのか、妲己が続けた。

「人間は愚かで、醜くて、どうしようもないくらい憎い。でも、そんな中にも、輝く宝石のように、綺麗で、愛おしい存在がいるのも事実なのよね。」

 レーヴを見て、ふっと微笑む。

「あなたは昔から、良い子と随分縁があるわね。」

 レーヴはずっと気になっていたことを聞こうと決意した。

「どうして、どうして私たちに肩入れをしてくれるんだ?君は優しくなったのかと思っていた。けれど、それは間違いで、私たちにだけ優しい。違う?どうして…?」

 妲己は遠い目をして、ほんの少しの間物思いにふけった。

「話せば長くなるわ。」

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