第12話 夢と物語

「え、でも、はやくない?危ない仕事じゃないよね?私の立つ瀬がないよお」

 ソーンにとっては突然のことで、困惑しながらも心配している。無理もない。

「たしかに、危ない仕事じゃないか心配だ。ところで、リーヴルは突拍子もないことをするところがあってね」

 言い終えると、こらえきれなくなって大笑いしてしまった。相も変わらずソーンは困惑している。

「えっ、えっ?」

 レーヴを見、リーヴルを見ては目を丸くしているのが小動物を連想させて可愛らしいのだった。

「危なくないはずだよ。…私ね。」

 ソーンを落ち着かせるためか、なんらかの決意を固めた顔でリーヴルが口を開く。

「この部屋を掃除して、電気が止まっちゃって思ったの。ソーンをこのままにしてたら死んじゃうって。一人じゃ生きていけない子なんだって。」

 凛々しい顔でソーンをまっすぐに見つめる。

「私がちゃんと、支えるから!」

 ソーンの顔はみるみるうちに赤くなっていく。

「ばっバカっ!なにそれ!結婚でもするつもりなの??私のことどうしちゃうつもりなの??結婚だよ、プロポーズだよぉ!」

 ソーンは頭がパンクしてしまったのか、感情が高ぶりすぎたのか、斜め上の言葉を口に出していた。それを聞いたリーヴルもまた、顔がみるみるうちに赤くなっていった。

「けっ結婚?!ど、どうしてそんな。ど、ど、どうして!?私たち、女の子だよね?ああ、でも性別なんて関係ないんだっけ?あってないようなものなんだっけ?やっぱり、愛に壁なんてないってことなんだっけ??」

「え?」

「え?」

 二人とも動揺を抑えきれなくなっており、言動が滅茶苦茶だ。お互い目をそらし、いたたまれない様子になっている。

 レーヴだけが咳き込みながら爆笑し、その辺を転げ回っている。

「ひ、ひー。痛い、お腹がっ。げふっげふっ。」


 しばらくして、レーヴの笑いが落ち着いた頃。いまだに、二人はどう話せばいいのかわからないでいた。

「ところで、リーヴルの見つけたお仕事ってなに?本当に危なくない?どんな内容なの?」

 沈黙を破ったのはレーヴだった。正直なところ、とんでもない仕事を見つけていやしないかが心配だった。

「危なくないと思う!お菓子を一生懸命作って、お店に出して、みんなに喜んでもらうお仕事なんだって!」

 とっても嬉しそうに話している。確かに、その仕事内容なら危なくないだろう。

「それ、どこで見つけたの?」

 なにか悪い勧誘でも受けたのではないかと心配でならなかった。リーヴルは純粋で、まだ世間知らずで、騙されやすい。

「それがね、妲己さんと偶然会ったの!すごいね。おすすめのお仕事教えてくれて、お守りまでくれたんだよ!見て!」

 妲己が絡んでいたのか。どうして、私たちにそんなに優しいんだろう。

 疑問に思いつつ、リーヴルの取り出したお守りを見て息を呑んだ。お守りは巾着のようになっており、形は丸かった。よくある四角い御札の入っているタイプではない。中に何が入っているのかわからないが、巾着になっている生地に、妲己が込めたと思われる呪詛返しと、なんだこれ、よくわからないなにかが『おまじない』の模様として織り込まれている。

「綺麗なお守りでしょ!中にラピスラズリが入ってるんだってさ。これがあるだけで…ううん、なんでもない。」

 顔を赤らめ、言おうとしたことを隠してしまった。ソーンがずっとそばにいてくれてるみたいだなんて、この流れで言えなかったのだ。

 中身を聞いたレーヴは、妲己のしていることがなんとなくわかってしまった。わかってしまうと、余計に何も言えなくなってしまうのだった。

「いいなー。私にも妲己さん、助力してくれたらいいのに。そういえば、二人を追いかけてたときに、私も妲己さんからお守りもらったの。」

 ソーンは大事そうにお守りを取り出した。こちらにも呪詛返しと、なにか読み取れないおまじないが込められている。形はそっくりで、リーヴルのものとおそろいだ。

 二人はそれに気づいたらしく、顔を赤らめて黙り込んでしまった。

「ソーンのほうの中身は何が入っているの?」

 聞いてみると、顔を赤くしながら、中身を取り出して見せてくれた。

「…シトリンっていうらしいよ。」

 取り出されたのは綺麗な金色の宝石だった。それはまるで…。口に出すのはやめにしておこう。

 空気を読んで黙っていたはずが、二人は顔を真っ赤にしながら黙り込んでしまっている。

 察してしまうよね、そうだよね。

「多分、妲己は二人を応援してるよ。ソーンにとって、良い場所じゃなかったから採用されなかった、縁がなかった。前向きに考えるとそうなるね。」

 妲己のお守りを見てから、不思議とそう思えるようになった。採用されていたらひどい仕打ちを受けていたのではないかと。

「し、しーだよ、レーヴ。」

 ソーンは慌てて人差し指を立てている。

「ソーン、何かあったの?」

 リーヴルはきょとんとしながらソーンに質問をしていた。ちょっとだけ顔が赤い。意識してしまっているのだろう。

「それが…。」

 ソーンはリーヴルが部屋を出たあとのことを話した。

「そう…だったんだ。」

 二人とも目を合わせようとしていない。

 お互いがお互いを思いやって行動に移していたことが照れくさかったのだろう。

「ふたりを見ていると『賢者の贈り物』というお話を思い出してしまうよ。内容とちょっと違うけれど、お互いのために献身するところが…。」

 二人はレーヴの方へ視線を投げ、目を輝かせながら食いついた。二人ともこの話が好きだったようだ。


 『賢者の贈り物』の話で盛り上がり、二人はいつものように会話できるようになった。

 物語は人と人を結ぶことができるし、気まずい空気も打ち消せる。夢も、どこか物語と似ているところがある。どちらも人々の希望になれて、元気づけてくれる。明日という道を続けて歩いていくことが楽しみだって思わせてくれる。

 夢も物語も、なんて素敵なんだろうと思わずにいられなかった。

「そういえば、こんな夢を見たことがあるの。」

 ソーンはリーヴルを見て、少し頬を赤らめながら夢の話をすることにした。


 陸の孤島にある施設で、男女ごったまぜの共同生活をしていた。

 みんなで島を散策していると、真っ黒な卵があるのを見つけた。さほど大きくない卵で、大事に温め続けていると、ドラゴンの雛が生まれた。

 ドラゴンもまた真っ黒で、雛の状態からみるみる大きくなっていった。

 そのドラゴンは、大きくなると人の姿になることもでき、施設で一緒に暮らすため、人間の姿で混ざりこんでくれていた。

 ドラゴンが最初に見たのが私だったからなのか、施設で一人しかいない女性だったからなのか、特に親密な仲になった。

 ある時はドラゴン同士の決闘を見せてもらったり、海にいるドラゴンを育てて保護している魔法使いのところへ連れて行ってもらったりと、様々な新しいことを教えてくれるのだった。

 海のドラゴンの魔法使いからは、親友の証になるブレスレットの作り方を教わった。

 ある日、ドラゴンが転生するために卵に戻ることを私に告げてきた。

 そうなったら、記憶がなくなったり、他の人と仲良くなっちゃったりするのではないかという不安を素直に聞いてみた。もしそうなったら寂しいということを包み隠さず。

 すると、優しい笑みを浮かべながら、忘れたりしないし、また仲良くなるよって言ってくれた。

 私がもし女じゃなかったら、他の人と仲良くなってたかどうかも勢いで聞いてみてしまった。なぜ聞いたのかわからないけれど、そうするとよりいっそう優しい笑顔で、そんなことないって言いながら優しく頭をなでてくれた。

 ドラゴンが卵に戻り、いつ生まれるか、待ち遠しく思いながら温め、海の魔法使いと一緒にブレスレットを編んでいると、みるからに禍々しい魔女が私を連れ去りにきた。

 黒い双頭の魔物の餌にされ、体のあちこちの肉を食いちぎられた。その様を魔女は高笑いしながらみているという悪夢のような状況の中、また遊びたかったと思いながら死に瀕していると、見慣れたドラゴンの黒い影がみえた。

 ドラゴンは双頭の魔物をなぎ倒し、魔女を追い払ったあと、私の様子をみて、少しつらそうにしながら、しっぽを胸に突き立ててきた。

 痛いのは最初だけ。

 頭に文字が浮かぶ。

 しっぽとともに心臓を引き抜かれ、ドラゴンがそれを食べた。

 体からしっぽが引き抜かれた勢いで、私の冷たくなりつつある身体が宙を舞い、ドラゴンの背中に乗っかる。乗っかると、体が光を放ちながら薄っすらと消えていった。

 するとどうだろう、ドラゴンと意識を共有したのか、私がドラゴンになったのか、自分の翼で飛んでいる感覚があるのだ。

 すごく気持ちがいい。

 一緒に過ごしたドラゴンと会話ができた。言葉を介さぬコミュニケーションで、文字通り、ドラゴンの中で一緒に生きているのがわかった。

 温かくて、安心感のある夢だった。

 

「その…。私、リーヴルちゃんになら、心臓を引き抜かれて食べられても良い!」

 レーヴはずっこけそうになった。ソーンなりのプロポーズなことはわかったけど、わかったけど!

 リーヴルの突っ走り癖がソーンにうつったかのような言動に、目を白黒させながら二人の様子を見守ってみる。

「…嬉しい!お仕事一生懸命頑張るね!」

 ふたりとも顔が赤いが、先程と違ってお互いしっかり見つめ合い、微笑みあっていた。

「私も!自分にあってる仕事を見つけて、一緒に頑張る!」

 ソーンは涙が溢れてきている。

「ちょっとごめんね、冷たい風にあたってくる。」

 レーヴが外を見ると、もう真っ暗だった。

「外は危ないかもしれないから一緒に行くよ。」

 リーヴルが後を追いかけようとしている。それをレーヴが引きとめた。なんとなく、追いかけさせないほうが良いような気がしたのだ。

「いや、女の子ふたりだと危ないから私がいこう。これでも妖怪の端くれだ。」

 それらしい理由をでっち上げる。リーヴルは素直で純粋だから、すぐに信じてくれた。

「気をつけてね。」

 嘘ついてしまったことに、少しだけ罪悪感を覚えながら部屋を後にした。


 外は心地よい風が吹いている。

 親に連れられ、レーヴと離れ離れになった頃が遠い昔のことのようだった。

 本当は引っ越しなんてしたくなかった。せめて挨拶だけはしていきたかった。

 親にレーヴの話をすることはできなかった。妖怪の存在がばれるとなにをされるかわからなかったからだ。

 もし仮に妖怪のことを信じてもらえなかったとしても、どのみち私が病院送りになっていたと思う。そういう親だった。

 夜風に身を任せる。なんて心地良いのだろうか。このまま心の暗雲も吹き飛ばしてくれたら良いのにな。

 先のことがなんとなくわかることがあった。

 親は気味悪がって私を邪険にした。一部では信仰する人もいたけれど、私はそのどちらも苦手で嫌だった。私は何もおかしくないし、どこもおかしくない。特別でもなんでもなかったのに。

 心が窮屈になる感覚に見舞われる。あの頃のことを思い出すといつもそうだ。

 リーヴルへかけた言葉は、本当は私が欲しがっていた言葉だった。同じ痛みと苦しみを知る人に会えたことが本当に嬉しくて、あの頃の自分を思い出しながら、欲しかった言葉を探しながら、温かい毛布をかけてあげるようにして、リーヴルへそっとかけてあげた。

 家出をして、生活がうまくいかなくて、本当は死ぬつもりだった。

 死にたかった。滞納したのも、片付けをしなかったのも、自分がだらしないからでもあるが、生きる気力がもうなかったからだ。

 どうせ死ぬのであれば、レーヴの待っているあの町を目指して、歩いて野垂れ死んだほうが良いと思って、何もかも捨てて飛び出してきたのだ。

 胸が苦しい。

 お腹が空きすぎて、心臓が壊れそうなくらい脈打って、足もボロボロで痛かった。

 私の勘は、自分でも怖いくらい冴えていた。

 町の名前も、どっちへいけばたどり着けるのかも、何もかもわからなかったのに、なんとなく歩いていたら見覚えのある町、見覚えのある図書館までたどり着けた。

 最期に、レーヴに会える。

 そう思ってドアを開けた先にいたのは、知らない美女だった。

 ショックだった。レーヴは待っていてくれてなんていなかった。

 綺麗な女の人がなにか言うのが聞こえたけれど、私にはもう体力も気力も残されていなくて、その場で倒れてしまった。

 倒れきるまでに、女の人は私を受け止めてくれた。優しく、温かく。

「レーヴはずっと待っていたわよ。ずっと。待つだけじゃダメだと思って、あなたを探しに出かけたわ。」

 嬉しかった。ずっと、待っててくれたんだ。私に会いたくて、探そうって思ってくれたから、いなくなっちゃってたんだ。もっと早く、待ってくれている間に、家を出て探しに行けばよかったんだ。

 後悔の気持ちもあったけれど、何よりも嬉しくて、安心できた。安心できると、眠ってしまった。もうどこも苦しいと思わなかった。

 女の人は妲己と名乗った。本で読んだあの妲己かと聞くと、合っているけれど今はちょっと違うのだと答えてくれた。

 私が元気に動けるよう、あったかくて、お腹にやさしいご飯を用意して、足がよくなるまで、背負って歩いて追いかけてくれた。とても優しくて、すぐに元気になれた。とっても素敵なお守りもくれた。

 妲己さんと過ごした時間は短いけれど、すぐに好きになった。もちろん、結婚したいのはリーヴルだけれど、それとは違う、友達のような、家族のような、そんな好きだ。

 私のダメなところ、良いところ、全部ひっくるめて受け入れてくれる人ができた。もう、誰かが周りにいるのに寂しいなんて思わない。生きてて、本当に良かったなあ。

 正直、あんな突拍子もないプロポーズ、断られちゃうって思ってた。でも、なんとなく、リーヴルちゃんなら私のことを、私のありのままを受け入れてくれそうな気がしたんだ。

 嬉しくて、思いっきり泣きたくて、外へ出てきたのを思い出した。なんて、なんて幸せなんだろう!リーヴルちゃんにはまだ、こんなところ見てほしくないな。そのうち、そのうちね。


 ソーンが声を出して泣きながら歩いているのを、レーヴは声をかけたりせず、何も悪いことが起きないか、ただ、そばで黙って見守っているのだった。

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