第6話 貘の夢
昔を思い出しながら、面白そうな本を物色しているとリーヴルがやってきた。
「レーヴ!おはよう!どうしてそんなににっこりしてるの?」
リーヴルはとても明るく活発になった。
「おはようリーヴル。今日も元気そうで嬉しいよ。ちょっと思い出に浸っていたんだ」
あれからリーヴルが頻繁に夢の話を持ってきてくれるので、体は出会った頃の大きさに戻った。姿はバクのままだが。
たまに、元の禍々しい姿に戻りたくなることがあって、ソーンにはもちろん、リーヴルにも『貘』の本当の姿を本で見せてみたことがあったが、『バク』の状態から変わることはなかった。大きさは変わるが、姿はもう元には戻らないのかもしれない。
「今日はね、海へ冒険に出かける夢を見たの!友達もできたの!」
「おお。それは聞くのが楽しみだなあ」
リーヴルはレーヴの背中に飛びつき、嬉しそうに話し始めた。
夢の始まりは孤島の洞窟だった。
中はひんやりしていて気持ちがよく、洞窟の外はとても眩しかったので、中は薄暗い程度で、明るく照らされていた。
恐る恐る洞窟の入り口まで歩くと、トラが右へ左へとウロウロ歩いていた。
怖くて外に出られないでいると、とても格好いい女の人がトラを追い払い、中にいる私へ手を差し伸べてくれた。
「冒険に出るよ!」
手を引っ張ってもらって、トラたちが見ている中を走り抜ける。走り抜けると、トラたちが一定の距離を保って追いかけてきた。
洞窟の外は海岸の岩場になっており、ところどころつまずきそうになったが、基本的には平らになっていて走りやすい方だった。
女の人は海岸に停めてあるプレジャーボートに飛び移り、こちらに両腕を広げて待ち構えてくれている。
女の人が飛び乗った直後、トラたちは私へと一斉に飛びかかってくる。飛び乗らないと殺される。
間一髪で飛び乗ると、しっかりとキャッチしてくれた。とても温かくて、どこか安心できる。
手早く女の人はボートを発進させ、孤島が遠くなると、安心したのか二人で笑い合いながらはしゃいだ。トラの前足がすぐそこまで伸びていたとか、本当にギリギリでハラハラしたとか。
これからどこへ向かうのかがすごく楽しみだった。
海風は心地よくさわやかで、海面が太陽で煌めいて綺麗だ。
覚えているのは、海底にある遺跡でお宝探し、ジャングルにある古代遺跡の冒険、遺跡でのトレジャーハントが続くのかと思いきや、サンゴ礁の綺麗な海の上で、女の人が作ってきたお昼ごはんを食べて楽しんだ。サンドイッチだ。
とても楽しかった。友達がいたら、こんなに楽しいのだろうか。
女の人が微笑みながら船の上で見守ってくれているのに対し、海でプカプカ浮かびながら手を振り返してゆっくりしていると目が覚めた。
「すっごくワクワクして楽しかったんだよ!私、友達いないから、いたらあんなに楽しいのかなって!たっくさんおしゃべりして、たっくさん冒険したいなあ」
目を輝かせながら話すリーヴルを見て、ソーンのことが頭をよぎる。
「きっと、楽しいよ。一緒にすごした思い出は宝物になるんだ。相手がそばにいてくれても、いなくても、覚えていればずっとずっと」
リーヴルは嬉しそうにしていた。
「ソーンって子はどんな子?友達になれたらなりたいなあ」
興味津々といった様子だ。
「ソーンはね、夢を見るのが大好きだった。リーヴルもとてもたくさんの夢を見て楽しんでいるね。ソーンも同じように楽しんでいたよ。怖い夢も楽しい夢も、不思議な夢も、全部。本を読むのも大好きだった。リーヴルと趣味が合うし、すぐに友達になれるんじゃないかな。見た目は…とても綺麗な髪をしていた。宝石みたいに綺麗なメッシュの髪をしていてね。私は、彼女の見た目の中では髪が一番好きだったよ。ラピスラズリみたいで」
会いたいな。
口にはしなかったが、寂しい、という気持ちが溢れてくる。
「ラピスラズリってなーに?」
リーヴルは見たことがないらしい。
面白そうな本を探していたところだったし、昔見た宝石図鑑を引っ張り出しに行くとするか。
「口で説明するより、実際に見てもらったほうがいいだろう。私も、久々に見てみたくなったところだよ」
宝石図鑑を見つけて引っ張り出し、二人で読書スペースに移る。
ページをめくり、ラピスラズリを探している間に見える宝石にも、リーヴルは夢中になって目を走らせていた。
「あった。これだよ、ラピスラズリ」
身を乗り出して覗き込み、感嘆の声を上げている。
「綺麗!他のは透き通った感じなのに、これは透き通ってないんだね。金色がお星さまみたいに散りばめられてるね。天の川みたいなのもある!」
夢中になって図鑑の説明や込められた願い等々を読んでいる。
「ソーンさん、会ってみたいなあ」
レーヴも心から会いたいと思った。
「あ!そういえば!最近ね、パパとママが将来の夢について考えたほうがいーよって言うんだけど、夢って寝てるとき以外でも見れるものなの?」
「そうだね。夢ってふたつあるんだよ。寝ているときに見るものは私たちが好んで食べている方で、起きているときに見る夢は目標とか、願いとかの言い換え方もできるものだよ」
なるほど、と言いながら、リーヴルは目を輝かせた。
「じゃ!レーヴにだって夢は見れるってことだね!前に、貘は夢を見れないって言ってたよね?それって寝てるときのだけなんでしょう?」
言われてみれば確かに。
感心して唸り声を上げるとともに、リーヴルの変化に胸がじんわりと温かくなる。
「ならば私の夢は、ソーンとまた会うこと」
そうか、我々貘にだって、起きている方の夢は見れるんだ。
「じゃあ私の夢はソーンさんと友達になること!一緒にソーンさんを探しにいってみない?私、冒険に出てみたいし、ちょうどいいと思うんだけど、どうかな?」
いやいやいやいや、待て待て待て。
「ヴィクターさんとフローラさんに許可はもらってるのかい?」
何が何でも唐突すぎるぞ。
「まだ言ってないよ!」
ああ、やっぱりか。
自分一人だけだと思い立ってすぐに行動できることはできるが、さすがに旅はそうもいかない。荷物の支度や先を見通したあれこれが必要だ。
旅に出ることには反対しないが、ソーンが図書館に立ち寄ったときのために、誰か代わりにここで過ごしてくれる人を探したい。
そういういろいろな準備が必要なことをどう説明したものか。
「あのね、リーヴル。旅に出ることには反対しないし、私も探しに行ってみたいと思ってるんだ。でもね、もしも図書館にソーンが立ち寄ったら入れ違いになってしまうし、旅先で、ここと同じように使われていない建物がある場所で夜を越せるとは限らないんだ。野宿の道具とか、食料、お金の用意、いろいろなものが必要になる。ちょっとだけ準備が大変なんだ。だから、もし今の話を聞いて旅に出たいって気持ちが変わらないなら、一緒に準備を始めよう」
「わかった!レーヴってお金と食料なんて気にしてないと思ってた。前みたいに盗っちゃえばいいんだもん」
レーヴは面食らった。しまった。悪い手本を見せてしまっていたのだ。
フローラに説教を食らったことを思い出す。彼女の説教は正しい。
しまったなあ。子供に与える悪影響なんて全然考えに入っていなかった。
「それはね、社会で暮らす上でやっちゃいけないことだったんだ。フローラさんに注意されちゃったし、よくなかったなって反省しているよ。それがたとえ旅先で、ずっと住む場所じゃないからって、悪いことするのはよくないんだ。他に立ち寄る人たちが酷い目に遭っちゃったり、関係ない人たちがどんどん不幸になっていくからね。よし、この話は終わりにしよう。リーヴルはまず、ヴィクターさんたちに相談するんだ。反対されたら私が一緒に話をしにいくからね」
リーヴルは目を輝かせ、力強く返事をするや否や、勢いよくドアを開けて外へ飛び出していった。
旅支度の始まりだ。
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