第3話 少女と夢

 レーヴはソーンから聞いた話をゆっくり思い出しながら、聞いたままを話し始めた。


 本の世界でしか知らないが、学校というものへ行っている夢だった。

 行ったことがないはずなのに、何故か懐かしい感じがするだけでなく、起きているときのような感覚だった。

 しかし、学校へ着くと「連続で戦ってどこまで行けるか!?」という、本で読んだこともないし聞いたこともない横断幕がかかっていたのである。

 驚いていると、学校の中から全身真っ黒の戦闘服でヘルメットの人たちが次々と出てきて、強制的に学校の中へ引き込まれた。

 学校の中は、玄関までは本で読んだイメージとなんら変わりなかったが、教室のほうへ向かう廊下を歩いていくと、途中からジャングルの中のようになっており、開けた場所へ放り出されたかと思えば、ぽつんと置いていかれてしまった。

 その直後、自分を中心に半径100mほどの円形状に地面が割れ、その周りを水で囲まれた。

 驚く間もなく、木が二本、横向きに伸びてきた。

 その上をそれぞれ赤い蛇が一匹ずつ這ってきて、もう一本追加で木が横向きに伸びてきたかと思うと、その上を新しくもう一匹赤い蛇が這ってきた。

 蛇が三匹揃うと、どこからともなくでかくて白い虎がでてきた。その虎は金色の大きな爪をしていてとても恐ろしかった。

 蛇が赤く光ったかと思うと、その虎はいきなり火を吐きだした。

 危うく当たりそうになってしまったが、間一髪避けることが出来た。

 攻撃が終わるのを見計らい、いつの間にか手に持っていた武器で攻撃をしてみると、虎がもう一匹増えた。武器が何だったかは覚えていない。

 蛇が電気を放ったように見えると、虎二匹が、顔だけをお互いに向け、雷のボールのようなものを口から発射しながら、こちらへ突進してきた。

 そのボールは地面に落ちると爆発し、直撃せずとも大怪我してしまいそうだった。その攻撃もギリギリ避けることができた。

 攻撃は止んだが、避けるのがギリギリで、最後に尻餅をついてしまった。そのままの状態ですばやく起きることができなかったために、攻撃をすることができなかった。

 それが命取りとなり、虎の一匹がいつの間にか人のように後ろ足で立ち、刀を片手に私に斬りかかってきた。

 私は足を斬られてしまった。現実で捻ったのと同じ方の足だ。

 斬られた衝撃で心臓が跳ね上がった途端、場所がいきなり変わり、私は負けたということだと即座に理解した。

「痛い」

 あまりの痛さに呻きながら苦しんでいると、さっき後ろ足で虎が立っていたところに別の人が立っていた。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

 半泣きで私が答えると、ゆっくりと近寄り、膝をついてこう言うのだ。

「傷見せて」

 その人は私の傷を見てテキパキと手当てを始めた。

「大丈夫、助かるよ。ここも怪我しているね、足を捻ったようだけど」

 包帯のようなものを取り出すと、優しく素早く怪我した足に巻いていってくれるのだった。

 その人は茶髪のようだけど金色のようにきらきらと輝く短い髪の毛で、顔立ちは男のようにも女のようにも見えた。とても美しい顔だ。目の色は茶色のようだけど光の加減で金のようにも見えたほど、光が宿っているように輝いていた。目が大きくて、視線が合うとドキドキしてしまうくらいだ。

 結構ほっそりとしており、身長は160cmあるように見える。

 声は男にも女にも思える声で、聞いていると心が安らぐのだった。聞き続けていると落ち着きすぎて眠ってしまいそうだ。表情は無表情に近い。

 包帯を巻き終えると、私をジッと見つめてきた。

「私は、三人姉妹の末っ子なんだ。養子として迎えられたらしいけど・・・。それでも妹としてみてもらっている」

 いきなりのことに私はドキドキしていたが、そんなことはお構いなしといったところだ。

「足の怪我には気をつけるように、姉にも会わせたいからまたここへ来て」

 そう言い終えるや否や、踵を返してどこかへいってしまった。

 私はまだドキドキしたまま、きれいに巻いてくれた包帯を見つめていた。

 私は家に帰り、何かお礼を探そうと思い立った。

 探していてすぐ、とても良いものを見つけたので、それを渡すことにした。

 次の日、約束の場所へ到着したけれど、まだ来ていないようだったので待っていようとするとすぐに、後ろから声をかけられた。

「おはよ」

 びっくりして振り返ると、あの目で見つめられていた。

「おはよう」

 声が小さくなってしまったので、ちゃんと届いたかどうか、表情を見てみると、少し微笑んだように見えた。このとき初めて表情が変わったので、少し驚かされたが、じんわりと心が温まるのを感じた。

 お礼を渡すために話をしようとしたけれど、間が悪く、姉の元へ行こうと案内をされ、渡すタイミングを逃してしまった。

 家に着くと、ドアを開けた状態で、手の動きで中へどうぞと伝えてくれた。

 家に入ると、二階へと案内してもらった。

 そこは図書館のようにたくさんの本が置いてあって、迷子になるんじゃないかと思うほど広かった。

「この人が昨日あった人だよ」

 あの人が声を掛けてすぐ、奥の方から姉らしき女性が姿を現した。

「こんにちは」

 髪が長くて、背の高い人だった。この人は女の人だとすぐわかった。

「外へ出ていなさい」

 姉らしき人が言うや否や、私を助けてくれた人は外へ出て行ってしまった。

「あなた、あの子のことどう思う?」

 聞かれている意図が把握できず、頭にクエスチョンマークを浮かべながら首をかしげていると、それを察したのか、少し考えてから具体的に、あの人のことどう思っているかを質問してくるのだった。

 なにも言えなかった。ただ、好きかもしれないとしか思っていない。そんなこと会ってすぐの人に言えるわけがない。ましてや姉相手に!

 すると、あまり良くない表情を浮かべながら繰り広げられたマシンガントークには思わず眉を潜めてしまった。

「あの子ね、十二歳のときに家へ養子に来たのよ。あの子に女か男か聞いたけれど、こう言うのよ。女だと思いたければ女だと思ってくださいって。しかも、今まで男の子とも女の子とも仲良くしなかったのよ。話だってしようとしないって聞いたわ。服だって男とも女とも思えるようなものしか着なくて。髪だってあの通り」

 この人の言いたいことがわかってきた。どうやら誰かを連れてきたことがこれまでに一度もなく、本当の性別がどちらかわからない。自発的に連れてきたのが女だったから性別は男なのかもしれないということか。

 私が何も答えられないでいると、急に表情を和らげ、猫なで声で話し始めた。

「いきなりごめんなさいね。いきなり言われてもわからないわよね」

 しばらく沈黙が続き、耐えられなかったのか、話す内容が浮かんだのか、またしても口を開く。

「もう一人私にはあの子以外に妹がいるんだけど、大学生だから別居しているのよ。会わせたかったわ」

 そう言い終わるやいなや、人の顔をじっと見たあと、こうも言うのだ。

「あの子があなたと仲良くなろうとしているのが、よーくわかるわ」

 話がようやく終わり、本棚の森を出ようとしていると道に迷ってしまった。

「困ったな」

 つぶやいた後、肩をだれかがトントンとしてくれたので、振り向くとあの人がいた。

「出口はこっち」

 また助けてもらっちゃった。

 案内されるままついていくと、見たことのない場所に出た。

「ここが私の部屋」

 本棚の森は洋館のようだったけれど、ここは和室だった。部屋は電気が点いていないから薄暗い。

 あの人が電気を点けた。とても整っていて綺麗な部屋だった。

 座るように手で示してもらったので、のそのそとその場に座ると、あとに続いて恩人もその場に座った。

 顔をジッと見つめられ、恥ずかしくなって下を向いてしまった。なぜそんなに見つめてくるのだろうか。

「初めて会ったとき、かなり顔色が悪かったから心配した」

 どうやら顔色を気にしてくれていたみたいだった。

 納得しつつ、あのときの状況を思い出してめまいがしそうになっていると、あの人がおでこに手を当ててきた。突然のことに思わず目を見開いてしまう。妙にドキドキする。

「顔が赤いから熱があるのかと思ったけど」

 私は妙にドキドキしてきていた。この目で見つめられるのがとても恥ずかしかった。

 すると、恩人は微笑んだように見えた。

「フフ」

 少しだけ笑ってくれただけで、太陽が顔を出したのかと思わされた。なんて素敵な笑顔なんだろう。

 笑ってくれたおかげか、緊張が解けたようで楽しくお話することができて幸せだった。話の内容は何故か思い出せない。でも、とても楽しかったことだけは確かだ。

 お礼をこのときに渡そうとしたが、当然のことをしたまでだと言って断られてしまった。

「もう20時か」

 この部屋には時計がない。でも、あの人は時間がわかるらしい。携帯の時間を見ると本当に20時だったのでびっくりした。

「帰らないと」

大慌てで帰ろうとしていると、途中まで一緒に行くと提案してくれるのだった。

 家の前に到着し、お礼を言おうと振り返ると、手を振りながら笑顔で約束をしてくれるのだった。

「また明日あの場所で」


「ここでソーンは目が覚めてしまったらしい。不思議だったが、静かでドキドキして忘れることができない夢だったそうだ」

 レーヴが語り終え、少女を見ると、なんと、目がうっすらと開いているではないか。

「おはよう!お加減はいかがですか」

 少女はゆっくりとまばたきをしただけで、返事をできる状態ではまだないようだ。

 目はまだどこか遠くを見つめており、生気を感じない。

「ゆっくりでいいからね。ちょっとずつ、ちょっとずつ」

 優しく声を掛けながら、レーヴは夢の話に可能性を見出していた。

 人形同然だったこの少女に、夢の話を聞かせることで、心に生気を取り戻せたのではないのだろうか。枯れかけた植物に水を与えると生き返るように、この少女の枯れかけた心の木に、夢という水を与えて生き返らせたのではないか。

 この子になにがあったのか何も知らないけれど、この子も自分と同じように、ソーンの夢のおかげで息を吹き返したのだと思うと、親近感が湧いてくるのだった。

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