第18話
いつも通りに帰ってきた夫に「ご飯食べたら話ある」と伝えた。
いつもと違う私の雰囲気に怪訝そうな目を向けて「いいよ、何か困りごと?」と訊くので頷いた。
プロポーズされた時、断っても、断っても、納得しない彼に、お母さんと相談して全部話した。
あれは2年前だった。
*
薬剤師仲間でよく飲んだり食べたり、楽しい日々を送っていた。
ある日、彼が私を呼び出して、いきなりプロポーズしてきた。私も嬉しかった。
でも、高校の時に好きな先輩から付き合ってと言われたけど、私には人に言えない過去があるから、幸せになっちゃいけないと思って断ったし、それが私の宿命だと思い込んでいた。
それで私は彼にも「自分は幸せになってはいけないの」と言って断った。
「どうして?」と訊く彼に、答えられなかった。
その日、帰ってからお母さんに話したら、お母さんは「その彼を好きなの?」って訊くから「うん」と答えた。
「だったら受けなさい」って笑って言うの。「でも、私みたいのがいいのかなあ。殺人者なのに」って言ったら「バカな事言うんじゃない!」ってすごく怒った。今まで見たことないくらい怖い顔で「何のために、田浦鴻明さんが捕まったの!考えなさい」って言うの。
「でも、彼に一生嘘をついて暮らす自信無い」そう言ったら「じゃぁ、彼に全部話しなさい、それで彼が受け入れたら、あなたも受け入れなさい、もし、彼が逃げたらあなたも諦めがつくでしょう?」そう言われて、そうかなと思ったけど怖かった。彼が受け入れてくれなかったら会社を辞めようと思って、お母さんにもそう言った。
お母さんは微笑んで「お母さんは大丈夫と思うわよ。だってあなたが好きになった人なら、どんなことがあってもあなたを守ってくれるはずよ」と言ってくれた。
それで、次の日仕事が終わってから盛岡城跡公園まで行って、ベンチに掛けて全部話した。
彼はすごく驚いていた。そうよね、そんな事情を持った人なんか世の中がいくら広くても他にはいないわよね。
彼は、じっと考えていた。そうして「そんな大変なことがあったんだね。正直、今すぐに分かったとは言えない。少し時間が欲しい」と言ったの。私はダメなんだなあって思って泣いちゃった。家に帰ってからお母さんに言ったら「大丈夫よ!彼を信じなさい」と言ってくれた。
それから、針の筵に座っているような数日が過ぎて、彼に呼び出されたの。
前と同じ公園で「君のお母さんも、本当のお父さんも、君を幸せにするために庇ったってことだよね。だから、君は幸せになる義務があると思うんだ。君は僕と結婚することが君の幸せにはならないと思っているのか?」そう訊くから頭を振って「私はあなたと結婚出来たら幸せになれると思ってる。
けど、・・・」彼は私の言葉を遮って、「だったら、僕のプロポーズを受けてよ!」そう強く言ってくれた。
私は驚いて「良いの?私みたいな過去の有る女を妻にして?」って訊いたら「君が背負った義務は、僕も背負う。それが夫婦じゃないの?」って、私、もう涙が溢れて、断られるとばっかり思ってたから、声出して泣いちゃった。嬉しかった。彼に抱きついて泣いた。富士の樹海を彷徨う様な日々が、一転し晴天の富士山の頂きに立ったようなそんな豁然とした感動が私の身体を包んでいたの。
暫くして彼が「それで、本当のお父さんに会いに行こう。結婚の報告に行かないとね」そう言って笑うのよ。私には神様に見えたわ。頷いたけど「どこにいるか分からないの」って言ったら「探偵にでも探して貰うから、大丈夫」そう言って、私を抱きしめてくれた。
家に帰ってお母さんに話したら、良かったねって一緒に泣いてくれた。
お父さんにも言ったの、始め驚いていたけど、大粒の涙を流して喜んでくれて「おめでとう!良かった、幸せになれよ!」って言って、声を出して泣くのよ。お父さんのあんな姿初めて見た。本当に心から喜んでくれていると思ったの。
数週間後、彼が田浦鴻明さんの居場所が分かったと言ってきた。「驚いたよ、剣が崎の保養所に何年か前からいるんだって、こっから50キロ位だから一時間くらいで行けるよ」と教えてくれた。
それでお母さんにも話して日曜日に行くことにした。
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