第4話

 一心は静と夫婦二人旅を楽しんでいた。宿泊三日目は東北のしなびた一軒宿だ。朝早くから館内が騒がしく、長閑な朝を迎えたい気持ちを裏切られた気分で、8時半頃揃って朝食を摂るため一階のレストランに向かっていた。

「やあ、一心さんに静さん」声を掛けられ、振り向くとどっかで見た?が、名前が出てこない。

「僕です。佐藤です。丘頭警部のとこに居た」満面の笑顔で語る男性。静が先に反応した「あ~そや、思い出したわ。警察の佐藤はん、お久しぶりどす」それを聞いてやっと思い出した「あ~あの時の、丘頭警部に振り回されていた佐藤刑事。でも、どうしてここに?」

「いや、事件で」

「そうか、まあ、頑張ってな」長居は無用とそれだけ言って行こうとすると「一心さん、ここに泊まり?」と訊いてくる。

やばっ!嫌な予感がする。

静が頷くのをみて、「後で、お邪魔してもいいですか?」ときた。

「ダメダメ!夫婦水入らずの旅なんだから、邪魔しないでくれ!」と言って早く離れようとするが、静が「え~やないですか。部屋におらんかったら電話でもかけて、今日はこの辺ぶらぶらするか温泉に浸かるだけやから」と言ってしまう。

俺はがっくり肩を落として手をあげて「じゃ」それだけ言って歩き出した。

そして、食事をしながら「静、あいつにあんなこと言ったら、自分でやるべき事もこっちに言ってきて旅行にならんぞ」と愚痴ると「あんさん、ここでおうたのも何かの縁、そない言わんと仲ようせなあかんえ」と返してよこす。

 

 予想通り、佐藤刑事が昼過ぎに部屋を訪ねてきた。

「お休みのところ済みませ~ん」

入れとも言わないのにずかずかと若い刑事を連れて「あの~これ」と言って何かの事件調書の写しを寄越して「服毒死した元浅草署の玄武勇さんが悔やんでいるという、田浦鴻明の哀園るり殺害事件のです」と言う。一心は名前を聞いてビックリ、玄武勇は何回か一緒に捜査をやったことのある、昔風の刑事気質のおやっさんだ。

「一心さん、これを見てどこか可笑しい所があったら指摘して下さい。僕もこれから読むんですが」

佐藤刑事は何故か嬉しそうな表情だ。

「何ぃ!旅行中の俺に探偵の仕事をやれということか?」睨みつけてやると「まあまあ、あんさん、ちっとくらい見てあげなはれ、助けてもらう事もおやすさかい、助けることもせなあかん」また静が邪魔をする。 

 柔らかい言葉とは裏腹で、静の目はボクサー色に染まりつつある。プロボクサーにスカウトされる程の静の拳は、俺のこの世で一番恐ろしい拳。勿論、反論なんか出来るはずもない。

嘗て屈強なボディガード4人を一瞬で叩きのめしたり、少女を救うため闇金の事務所に乗り込んで、刃物をちらつかせる10人程のチンピラを5分とかからず叩きのめしたことがある。それも着物姿で。

「じゃ、じゃあ、一晩置いてけ。それと、鑑識の結果と証拠品見たい」不承不承だが静が言うならしようがない。

「わかりました、明日持ってきます」そう言ってにこにこしながら佐藤刑事は帰って行った。

 その後は、調書を眺めるため、散歩を中止した。静も俺の隣から調書を覗いている。

一瞥の積りで見始めたが、読んでいくうちに細見する様になって疑問点も浮かんできてしまった。

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