第2話

 盛岡署の佐藤刑事が現場に入ったのは朝の8時半、盛岡市から60キロ程離れた太平洋を望む沿岸部にある剣が崎温泉宿の一室。

 浴衣姿の遺体は喉を掻きむしり、苦痛の表情を顔に貼り付けたまま死亡していた。口から白い泡のようなものが溢れ、一見毒殺のように見える。

 遺体の主は白髪の目立つ初老の男性だ。いかつい顔は日焼けして真っ黒で、身体も180センチはありそうでごつい。足の裏はがちがちで相当歩く仕事をしていたかランナーだったか?手指も太くてごつい。その身体には特に外傷は認められない。こんな田舎のしなびた温泉で、いい年のおっさんが自殺か?とも思ったが、肝心の毒薬は見当たらないし、遺書らしきものもない。ほかの捜査員もそこが疑問だと言っている。

 一人で宿泊し、テーブルの上には缶ビール、カップ酒、天然水のペットボトル、紙パックの野菜ジュース、中身の引き出された袋菓子が置かれたままで、全部中途半端に飲み食いされている。バッグには衣類の他に睡眠薬とこの地域の電話帳が入っていた。

ゴミ箱には、ティッシュだけが捨てられていた。

 男性を案内した係りの女性に訊くと、自殺するようには見えなかったという。一通りの説明をして部屋を出ようとしたときに笑顔で心付けを渡してくれたと話す。

 佐藤が窓を開けると、割と崖の近くで正面には切り立った岬が見え、その左には太平洋が広がっている。海から昇る朝日の景観がこの旅館の自慢らしい。

 変死者は持ち物から東京浅草在住の玄武勇と判明、早速佐藤の古巣でもある浅草署の丘頭桃子警部に捜査協力と家族への報告をお願いした。話を聞いた丘頭警部は異常なくらい驚いた声で叫んだ。

「え~っ佐藤!玄武勇って、元浅草署に居た警部だぞ!お前ここに居たのに知らないのか?」

「いえ、僕がそこにいた時にはいませんでした」そう答えると、「ん~お前が居た時、別の課だったかな?それで去年、定年で退職したばかりだ」

「それで、ご家族に報告を・・・」

「いいよ、私、奥さんとも面識あるから、直ぐ行ってくるけど、自殺か?他殺か?」

「死因は服毒死のようで、夕べ10時から12時頃亡くなったようですが、まだ、現場に入ったばかりで」

「わかった。奥さん直ぐそっちへ向かうと言うだろうから、お前の電話教えておくわよ」

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