大文字伝子の休日20
クライングフリーマン
大文字伝子の休日20
死の商人のラスボスが登場してから3日後。午前9時。伝子のマンション。
『シネコンって言うと、総入れ替え制?』
依田達が、そんなことを言っていたのを伝子は思い出していた。まさか、ウーマン銭湯のオーナー杉本幸子がラスボスだったなんて。通称リン・磯子は杉本幸子と名乗り、初めは前オーナー夫婦の経営する銭湯の従業員として就職した。
ある日、杉本はオーナー夫婦を毒殺し、あろうことか銭湯の窯で死体を焼いた。
暫くして、杉本は、丸髷署生活安全課に相談に行った。そこで対応したのが、みちると愛宕の夫婦だった。そして、みちるのアイディアで男湯を廃してシネコン式のモダンな『女性専用』の銭湯が誕生した。大改造の結果、繁盛する銭湯はインターネットを通じて有名になった。
高遠は、以前から違和感を持っていたそうだ。繁盛しているのだが、伝子達を贔屓にする理由が、みちるがアイディアを出したというだけでは弱い気がしていた。
そして、あの日。『入れ替え』まで待てばいいのに、貸し切りはけしからんと因縁つけた女性客。何故、わざわざ怪しい奴だと警視庁にメールで映像を送ってきたのか?時限装置といい、アリバイ作りだったのでは?と疑った。
決め手は、ウーマン銭湯に行った人数から、ひかるを引いた人数が、犯人が指摘したエマージェンシーガールズの人数だったことだった。
高遠は、伝子達を一気に殲滅するに違いない、と進言した。その上で『替え玉』が用意された。エマージェンシーガールズに『扮する』のは、EITOの女性事務局員と女性警察官と陸自の女性自衛官と、体格が伝子に似た、日向の混成だ。鍵をかける振りをして、日向は鍵をかけなかった。
久保田管理官は、窪内組長達に声をかけ、杉本が集合をかけた者達の一部をヤクザ組員とすり替えた。杉本の配下の集合場所が銭湯近くの公園で、彼らはお互いの顔を知らない者ばかりだった。逮捕した配下の代わりにヤクザ達は紛れ込んだ。
テレビ中継する積もりなら、TV局をジャックするだけでなく、実況ブースを使うだろうと利根川の考えを受けて、実況ブースは天童達に、TVジャックの方は副島と筒井に任せることにした。
応援に駆けつけた総子とみちるは、密かに『ベンチ』で待機していた。こうして、ラスボスの計画より上回った高遠の推理とEITOの対応力が勝利に導いた。みちるの渾身のキックは会心の一撃だった。
ぼんやりと考え事をしていた伝子の肩を叩いたのは、依田だった。
「ヨーダ。どうしてここが?」「高遠に聞いたよ。『探さないで』って書いて家出したら、ここに来るしか無いから迎えに行って、って言ったんだ。大した奴だ。かなり成長したよ、高遠は。ここに俺が運び込んだ時はピイピイ泣いてたくせに。」「ピイピイ?雀か?」
「みちるちゃんのこと気にしている?犯人にウーマン銭湯開業させたのがみちるちゃんだから、責任を感じていて、あの時も流産したばかりなのに、飛びだした。それが先輩の責任?違うでしょ。先輩の流産のことも高遠から聞いたよ。みちるちゃんを戦線から外そうと躍起になっていたんだよね。俺たちは運命共同体。確かに『次、狙われるのは誰か』ってパニクっちゃったけどさ。」
その時、伝子のスマホが鳴った。理事官からだ。伝子はスピーカーをオンにした。
「マンションにいるのか。」「理事官。お願いがあります。」「引き受けた。」「まだ何も言ってませんが。」「そのマンションに戻りたい。そういう願いなら、引き受けた。」「ありがとうございます。」「その後、分かったことを取り敢えず連絡する。ウーマン銭湯の本来の持ち主、殺された三枝夫妻の親族が上京して、骨のないまま葬儀を行うそうだ。ウーマン銭湯は閉業。しかし、元従業員の三人が、ある奇特な団体の融資とクラウドファウンディングで、少し離れた場所で『ウーマン銭湯』を開業する。」「奇特な団体ってEITOですか。」「まあな。すぐに収益で取り返すさ。それと、クレームつけた女だが、女子大生のバイトだった。杉本とも死の商人とも関係ない。アリバイ作りに利用されただけだ。」
「理事官、ありがとうございます。」と、依田が割り込んだ。
「その声は依田君か。副支配人、就任おめでとう。宅配便の方は?」「一昨日退職して、歓送会開いて貰いました。」「そうか。明日の祝勝会は楽しみだ。それでは。」
「帰ろう、先輩。高遠が、日本一の婿殿が待っている。」
「そうよ。ああ、私も監視役から解放されるのね。いいバイトだったけど。」と、藤井が入って来て言った。
午後1時。依田と伝子、高遠が昼食を終えると、EITOの職員が、伝子の荷物を箱に詰め、運び出した。急に決まった『引っ越し』の為、取り敢えず、伝子の叔父の遺品であるAV機器やPC等、それと伝子のクローゼットからEITOの予備室に運ぶことにした。
「長いようで、短い期間だったなあ。文字通りショートステイだったね、伝子。」と、コーヒーを入れながら、高遠は言った。
「本当なら、山城の知り合いやヨーダに手伝って貰うところだが、EITOでやるって言ってくれたから、助かるよ。」と伝子が言うと、「心はもう、マンションに行っているって感じだな。」「ああ。結果的にあのマンション自体が叔父の遺産みたいなものだからな。」
「思い出すよ。先輩が俺に『助けてくれ』なんて言うのは初めてだったし。」「ああ。クルマは車検に出したばかりだし、学から『放り出される』って泣いて電話してきたし。頼れるのはヨーダしかいなかったからな。」
「高遠の荷物も極端に少なかったから、宅配便の配達車で間に合ったけどさ。二人の目を見て、『お邪魔虫』だと思って退散して良かった。」
「ヨーダはキューピッドだった。今でも感謝しているよ。」伝子は言った。
その時、EITOの職員が声をかけた。「あのー。書斎の部屋の荷物も運んでいいですか?」「はい。お願いします。」と高遠が応えた。
「EITO用のPCとかも基地に運ぶらしい。仕事早いね。」と、高遠は感心した。
「で、いつ引っ越すの?」と依田が二人に尋ねると、「祝勝会兼お前の就職祝いの会」が終ってから。」と、伝子が応えた。
午後3時。依田は帰って行った。
翌日。午後2時。大文字邸。「そうか。ここでの茶話会やミーティングは今日で終わりか。」
到着するや否や、依田から説明を受けた福本が言った。「ここは、どうなるのかな?」。
「残るよ。当面はEITO基地の人達の宿直室。」と高遠が言うと、「でかい宿直室ねえ。」と祥子が言った。
「取り敢えず、ラスボスまで倒したんだからね、先輩達は。」と南原が言うと、「凄いよね。」と文子が相槌を打った。
「でも、違う幹があるって言われているんでしょう?それは、やっぱり『死の商人』みたいな組織ですかね、先輩。」「分からんな。横の繋がりがないから、杉本も情報を持っていないらしい。ただ、幹同士関わっていなくても、枝と枝が絡むことはあるかも知れない、とは言っていた。」伝子は服部の質問に答えた。
「じゃ、いつ事件が起こるか、分からないのね。」と、コウが眉間に皺を寄せた。
「今日は、山城さんは来ないの?」と福本が蘭に尋ねると、「はい。もう海自の研修期間に入ったので。事務官も隊員みたいな研修があるんですって。訓練じゃないけど。」と、蘭は応えた。
そこへ、物部夫妻となぎさ夫妻、あつこ夫妻、みちる夫妻、そして、慶子がやって来た。
「依田君。就職おめでとう。」と開口一番あつこが言うと、「まだ早いよ。『乾杯』の後で言うもんだよ。」と久保田警部補が言った。
「そうなの?」と首を捻るあつこに「そういうものよ、ねえ、あなた。」と、みちるは愛宕にしな垂れかかって言った。「う、うん。」と愛宕は困った。
「慶子。いきなり副支配人で大丈夫なのか?」「大丈夫。副支配人候補だから。」
「え?違うのか?」「違います。おっちょこちょいだから。」
皆は爆笑した。
「じゃあ、そろそろ副部長に、乾杯の音頭を取って頂いて・・・。」と高遠が言いかけると、「ちょっと待ったあ。」と、声をかけて入って来た男達がいた。
中津健二と夏目警視正だ。「高遠さん。俺たちはワインがいいな。ある?」
「はいはい。」中津の突然の要求だったが、高遠は二人分の食事とワインを用意した。
「では、僭越ながら、私が。EITOの皆さんの活躍で、敵を『幹の根元』まで追い詰め、逮捕されました。感謝の極みです。また、今回我らの依田君が再就職し、副支配人・・・候補になりました。祝勝会と就職祝いの会の始まり始まり・・・乾杯!!」
宴が1時間続いた頃、家の電話がかかってきた。
高遠が電話に出た。
「大門さんですか?大文字さんじゃないんですか?」高遠は不審に思って、「どちら様ですか?」と尋ねると、「大文字さんじゃないんですか?」と更に相手は尋ねてきた。
高遠は、「何番におかけですか?」と尋ねたが、遠くから依田が「おーい、高遠。セールスなら早い内に切った方が得策だぞう。」と声をかけた。
電話の相手は笑い、「やはりそうですか。大文字学さん、実は高遠学さん。大文字伝子さんの夫ですよね。」
高遠はスピーカーをオンにした。
「じゃあ、始めようかな?」と言って電話を切った。
受話器を戻しながら、高遠は言った。「ばれた。ヨーダの一言で。」
物部が察して、依田に「馬鹿野郎!アルコールも飲んでいないのに、酔ったのか!!」と怒鳴った。
伝子は、すぐに台所に走り、赤いスイッチを押した。
コンピュータ音声が流れ出した。「緊急、緊急。緊急システムが作動しました。緊急でない場合は直ちに止めて下さい。緊急の場合は、速やかに避難して下さい。」
「学。皆とジュンコを連れて秘密基地に逃げろ。なぎさ、あつこ、みちる。行くぞ!エマージェンシーシスターズ、出動!!」「了解!!」3人は元気よく応えた。
伝子達は、通路を走った。隔壁が上がり、そこを抜けると、階段だった。犬小屋の側のチェーンの繋がった棒が下がり、解放された、犬のジュンコが高遠について走った。
伝子達に続いて、高遠達も階段を駆け下りた。全員が階段を降りると、隔壁が下がった。隔壁の手前側は『1階分』下がった。階段部屋が下がると、表の、カムフラージュしたガレージは『地面』になった。『どんでん返し』のあった部屋は内側のシャッターが降りた。大文字邸内部の照明が消え、電源がオフになった時、外で爆発音がして、大文字邸は燃えだした。
―完―
大文字伝子の休日20 クライングフリーマン @dansan01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
そこに私は居ません/クライングフリーマン
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます