第44話 忘れたとは言わせないわよ?


「忘れるわけないじゃない。け、結婚だって約束したのに」

「……」


 少し恥ずかしそうにそんなことを言う彼女___市ノ瀬さんに対し俺は警戒心を強める。俺の記憶には絶対に存在しない市ノ瀬さんがそんなことを言うのだから警戒しない方が無理があるというものだ。

 なんらかの刺客なのか? 簡単に殺せそうな俺を仕留めにでも来たのか?などと考えながら攻撃された場合に対応出来るようにいつでも戦闘態勢に入れるようにしておく。


「だ、黙ってないでなにか言ってよっ」


 しかし、いつまで経っても市ノ瀬さんから殺意や敵意を感じ取れない。普通、人を仕留めようと思った場合にはどれだけ隠したとしても少しは漏れてしまうものだ。

 それが全くないことを考えこの態度と照らし合わせると一応はシロだと判断していいだろう。


「悪い、色々と考えごとをしていたんだ。それで結婚って?」

「えっ?」


 俺の言葉に目を見開き固まる市ノ瀬さんであったが俺もさっきからそんな状態なので許してほしい。


「さっ、さっきから冗談酷いわよ? 確かに結構ウソつくけどそこまでじゃなかったはずよね?」

「? 俺はウソなんてつかないが?」


 市ノ瀬さんが言っている意味がイマイチ分からず首をかしげる。そこである結論に至った俺は市ノ瀬に尋ねてみることにする。


「もしかして名前が同じだけの人違いじゃないのか?」

「ち、違うわよっ。顔だって多分成長したらこんな顔だろうなって顔だし面影だって残ってるもの。それに……任務とかあるんでしょう?」

「っ……」


 しかし、その結論は瞬く間に否定された。顔の方はまだいい。市ノ瀬さんがそう思いたくて思い込んでいる可能性もあるからだ。

 しかし任務なんてワードは普通出てくることはない。俺や俺の家族と関わりでもない限り。


 しかし、俺は本当に市ノ瀬さんを見たことはない。だからこそ困惑している。


「まさか……忘れたなんて言わないでしょうね?」


 俺が1人混乱の渦にいるなか市ノ瀬さんがプルプルと肩を震わせながら少し怒気のこもった口調でそんなことを聞いてくる。


「ち、ちなみに何才の頃の話だ?」

「小1の頃よっっっっ!!!」


 最後の望みとして俺はそう尋ねるが返ってきたのは3才とかそんなではなく小1。

 市ノ瀬ほど目立つ人物を完全に忘れてしまうような年齢ではないだけに混乱は極まっていく。


「……本当に忘れちゃったの?」

「……」


 怒っているというより悲しげな市ノ瀬さんに対し俺はなにを答えていいのか分からず押し黙り、少し考え頷くことにする。

 知らないものは知らないのだから考えても仕方ないことだ。


「色々と遊んだわよ? アナタの家にいったこともある。かなり変わった家だったから忘れるわけがない。変なトラップみたいなものが山ほどあったわ」

「マジで言ってるのか?」


 最早、俺のことを知っているというのは確定とも取れる市ノ瀬さんの言葉に対し俺はいよいよ限界だと悟る。認めるしかないのか?

 しかし、新井と違って全く覚えてないんだよな。そこが引っ掛かる。

 どれだけ記憶が曖昧な小1の頃とは言えこれほど目立つ人物を忘れるような俺ではない。


「……分かった」

「んっ?」


 すると市ノ瀬がそんなことを呟くので俺は思わず聞き返す。この状況だからな、流石に人違いでしたなんて都合のいい展開ではないと思うがなんなのだろうか?


「思い出すまで付きまとうからっ。私のことを思い出すまでっ。それで約束は守って貰うんだから!」

「やめてくれ」


 新井の時とは違い俺が完全に忘れてしまっている可能性も低くくはあるがないわけでもないので、完璧に拒否することが出来ず困ってしまう。


「じゃあ、ひとまずは昔よくやった遊びを___」

「あ、れ? 市ノ瀬さんと……伊賀くん? 朝からなにやってるの?」


 市ノ瀬がなにやら俺へと迫ってきたタイミングで恐らく1組の生徒であろう女子が少し困惑した表情で俺たちへと話しかけてきた。

 いいタイミングだ。今日はこれに乗じて帰るとしよう。後日考えてから話し合えばいい。

 とそんなことを考え来訪者を歓迎する俺であったが。


「おはよう長谷川さん。彼私の結婚相手だから。色々とその話をね?」

「えっ?」


 しかし市ノ瀬さんから出た言葉によって場は凍りつくことになる。


「えっ? えっ?」


 そして長谷川さんはかなり混乱した様子で俺と市ノ瀬さんを交互に見る。違うっ。違うからっ。そんな目で見ないでくれ。

 ただ、今は確実な証拠がないので言い返すことが出来ない。……あまりに無力だ。


「へ、へぇ〜、ま、まぁ新井さんとの噂はガセみたいだしいいんじゃないかな? う、うんお似合いだと思うよ」


 やがて長谷川さんはこれ以上深く考えるのをヤメたのかそんなことを言うと自分の席へと鞄を置きイスに座る。

 勿論、ご丁寧に視線はコチラをチラチラと向けながら。そりゃあ気になるよな。


「じゃ、じゃあクラスメイトも来たみたいだしこれ以上ここにいると迷惑になるから今日のところは帰らせて___」

「待ちなさいよ」

「わっ! 市ノ瀬さん大胆っ」


 背を向けて走り出そうとした俺であったが市ノ瀬に後ろから抱き止められて動くことが出来ない。いや、正確に言えば力尽くで振り払うことは可能だが流石に女子にやるには気がひけるし長谷川さんも見てるからやりづらい。

 ただこの体勢ではなにがとは言わないが当たっており、健全ではないことは確かなので逃げないと約束をし離してもらうことにする。


「そ、そっれで話なんだけどね?」


 しかし、どうやら俺を抱きしめたことが思い返してみると恥ずかしかったのか市ノ瀬さんはかなり顔を赤くしていた。

 というか、長谷川さん身を乗り出してるけどヤメテ? そういうのじゃないからっ。

 でも、この状況で他の1組の人が来たならば同じように思われてしまうのではないかとかなり危惧する俺であった。


 願わくば男子は来ませんように。なんか、今の状況だと半殺しとかに遭いそうだから。





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 次回「ザワツク教室、フクザツな心」


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