第41話 俺の気持ち


 気がつけば俺は教室の外へと出た翼の手を掴んでいた。確かに山内に言われたからということもある。強引にでもという思いがあったことも確かだ。

 それについて否定するつもりはないし、自分に嘘をつくつもりもない。

 でも、あの時あのまま翼を逃してしまったら2度と話せないかもしれない。という不思議な予感があった。


 そして気がつけば今の状況。


「そ、その話聞いてくれるか?」

「僕は聞かないよっ!」


 しかし、手を掴んでいたとしても朝からの翼の態度が変わることはない。でも、俺が手を離すことはない。いや、離してはいけないと全身が訴えていた。

 それに聞きたくなかったとしても俺がこの距離で話せば嫌でも翼の耳に入ることになる。



「実はだな……多分、噂で聞いたと思うんだが俺が新井を押し倒したという話なんだが」

「言わなくていいよ。分かってるから! だから、離して……離してよっ」

「翼……」


 その時、翼から溢れた涙と悲しげな瞳を見て俺の言葉は思わず止まってしまう。その様子がまるでガラス細工のように簡単に壊れてしまいそうなほど脆いものに見えてしまったからだ。


「えっ?」


 そしてそう考えた時、俺の手の平は自然と翼の頭を撫でていた。翼から心底驚いたような状況が理解出来ていないような今日初めてきく間抜けな声が聞こえてくる。勿論、右手は今も翼を掴んでいて撫でているのは左手の方だ。


「ちょっ、なにしてっ!」

「……」


 翼は先程より更に激しく暴れて俺の手を振り解こうとするが俺がその手をどけることはない。ただ、ひたすらにゆっくりと壊れないように大切に撫でる。なにかに怯えている翼を守りたくて……。


「やめてっ、やめてよぉ。お願いだから……」

「翼が落ち着くまでやめない」

「僕はさっきからずっと平常心だ。おかしいのは光___伊賀くんだろ?」


 そんなことを言いながらも翼の体は震えて目もなにかに怯えており平常心があるなどとはとても言えないような状況だ。やめるわけがない

 。他に落ち着ける方法があるならいいのだが俺はこれ以外はあまり知らないからな。


「うっう……」


 そして最初は抵抗していた翼もやがて受け入れ、俺が撫でることを止めなくなっていた。そして体の震えも次第に止まり落ち着きを取り戻していく。


「話……聞いてくれるか?」

「……うん」

「じゃあ、ちょっと席に座って話そう」

「……うん」


 やがて完全に震えが収まった翼にそう尋ねると今日初めての許可を貰うことが出来た。

 そして俺は新井との一件の全てを翼に話すことが出来たのだった。



 *



「な、なるほどね。伊賀くんと新井ちゃんが付き合ってるとかそういうわけじゃないのね?」

「その伊賀くんって言い方やめてくれないか? なんか凄いムズムズするんだが」


 あれから小1時間ほど話をしてようやく納得して貰えた俺はようやくホッと息をつきながらも軽くツッコミを入れる。(翼には部活に連絡を入れてもらってある)


「それで困ってるわけか……オッケー。僕がなんとかしといてあげる」

「マジでか!? ありがとう」

「まぁ、伊賀くんの為だしね」


 先程までとはまるで違い完全に落ち着きを取り戻した翼がそんなことを言うので俺は思わず飛び上がる。

 すると翼はそんな俺を見てよっぽど面白かったのか笑いを堪えきれなかったようにクスリと溢した。


「ってなに? そんな珍しく表情筋動かして嬉しそうな顔して?」

「いや、まぁやっぱり翼の笑顔が今日初めて見えたからな」

「変……なの」

「そうか?」


 そんな軽口を叩き合いながら俺は確信していた。このままわ翼といつも通りの関係に戻れるのだと、ただ唯一伊賀くん呼びが気になっていた。


「これで話は終わりだね。僕も伊賀くんの誤解が解けるように協力する……でも、多分僕がこれから伊賀くんと話すことはないかなー」

「っ……」


 翼の口から何気なく溢れた言葉に俺は唖然とし思わず固まってしまう。


「……なん、で?」


 そしてしばらくした後、俺の口からなんとか出た言葉はそれだけだった。すると、そんな問いかけに対し翼は先程とは違い薄く悲しげに笑った。


「別に伊賀くんが悪いわけじゃないんだよ。これは僕の問題。今回のことで確信したんだ。僕がいたんじゃ伊賀くんの幸せを妨げてしまうってね。それにこのまま一緒にいれば弱い僕を抑え込むことも難しくなるだろうからね」


 それだけ言うと翼は今まで見たなかで一番悲しそうな……偽物の笑顔を浮かべると、荷物を持ちこの場を去ろうとする。

 ダメだ。このまま行かせては……。

 脳内でそんな声が響くと同時に、


「待ってくれ」

「っ!? だから、掴まないでって!」


 俺の体は動いていた。そしてまた俺の手を振り解こうとする翼に対し言葉を発する。


「翼がなにを言いたいのか全然分かんない」

「分からなくていいんだよ。とにかく僕はこのままいたんじゃ君の幸せを邪魔してしまう」

「全然、分からない……でも」


 俺はここで一度息を吸うと、


「翼と話せなくなることが俺にとってなによりも辛いことだけは分かるっ!」

「っ……っっ!? で、でも」

「翼が俺の幸せを妨げるとかはよく分からない。でも、そうであってもなくても俺はお前と明日を笑い合っていたい。そこに俺の幸せがどうとかは関係ない。俺がお前と……いたいんだよっっ」





 →→→→→→→→→→→→→→→→→→→→


 次回「一件落着?」


 次回は一章、最終回。なんかここら辺は色々とグダリそうだったので一気にお届けさせてもらいました。ちなみに今日は更新が更にヤバイことになるかもです。

 あっ、でも流石に朝はもうないのでご安心を……。


 では! あっ、ここまで見て良かったら星や応援お願いします。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る