第40話 琴吹 翼の葛藤


 僕こと琴吹 翼には好きな人がいる。とはいえこのことは僕自身が最近やっと自覚したことでありずっと前からというわけではない。

 いや、前から好きには好きだったのだろうが自分自身でその想いに気づかないフリをしていたと考えるべきだろう。


 今まで誰かに対し恋愛的な意味で好きだと感じたことがなかった僕であったから最初は戸惑いもした。

 だが自覚した以上は付き合いたい、相手にも好きだと言われたい。そう考えてしまう。

 しかし、彼は親友であり彼も僕を親友だと思ってくれている。確かに先程のように付き合いという気持ちはあった。告白したいという気持ちも……。


 でも、それが彼と僕の関係性を壊してしまうかもしれないとしたら……?

 気まずくなり二度と話せなくなってしまったとしたら……?


 僕は彼を恋愛的な観点からも友人的な観点からも好きだ。だからこそ告白をし親友を失うことを恐れた。そして気持ちを押し殺し生きてきた。

 きっと彼も僕を親友として好きでいてくれている。彼は表情は普段中々変わらず入学当初その美貌もあってか氷の王子などと呼ばれていたこともあった。


 でも、一緒にいれば分かる。顔には出ないものの動きなどをよく見ていれば感情を読み取れるしツッコミだってしてくれる。案外分かりやすいのだ。

 それに、僕といる時彼はよく僅かではあるが笑みをこぼす。それが僕にとっては何よりも嬉しかった。


 だから、彼と親友のままでいられるなら……彼が笑っていられるなら……僕の気持ちは伝えなくていい。このまま親友として生きていけばいい、そう考えていたのに。

 昨日、様々な友人から僕に届いたで彼が新井ちゃんを押し倒したというメッセージを見て僕は泣いてしまった。


 しかも新井ちゃん本人が言っているのだ。前あったような噂話ではない。僕は新井ちゃんと何度か話しをしたこともありこんな嘘をつくような子でないのも知っていた。

 そして彼がただ一時いちじの性欲に溺れてこのような行動をするような人間でないことも。

 そして分かった。新井ちゃんは彼を好きだと言っていた。そして彼も新井ちゃんのことが好きだったのだと。


 その時僕が取るべきリアクションは喜ぶことだった。ただ、友人として祝福すること、その一択だった。新井ちゃんはいい子だしあれだけ一途なのだ、きっと彼も幸せになるだろう。

 だと言うのに気がつけば僕の目からは涙が溢れ気がつけば部屋にうずくまっていた。


「……あ、あれぇ?」


 最初は僕自身も自分の反応に戸惑った。しかし、やがて理解することになる。僕は彼が僕以外の女の子を好きになったことで悲しくなってしまったのだと。

 あれだけ親友でいたいと願い、彼の幸せを願っていたはずの僕の本音はエゴにまみれていた。


 その時、僕は僕自身に深く絶望した。僕はこれほどまでに弱い人間であったのか、と。

 そして分かってしまった。きっと明日このまま彼と話せば弱い自分が出てしまう。

 それどころか隠してきた想いも漏らしてしまうのかもしれない。

 弱い僕が僕を選んでくれと泣き叫ぶのかもしれない。

 それに新井ちゃんにしたって自分の彼氏が教室で他の女の子とこれまで通り仲良く話していたらどう思うのか?


 新井ちゃんはいい子だ。そんなことは分かりきっている。彼女は彼のことを考え、優先し決して不満を口に出すことはない。……でも、内心はどう思うだろうか?

 当然、不安だろう。彼氏が自分以外の女の子と仲良くしているのだから当然だ。

 しかも僕が彼を好きなのを新井ちゃんは知っているのだから余計に……だろう。

 それなら話さない方がいいと思った。これからは会話は最低限に控え彼とは距離を置く。


 それは、脆く醜い自分の本音を出さないようにする為に僕が決心したことであった。

 辛くはあった。彼と話さなくなれば当然親友ではなくなる。


 関係も次第に薄れていく。


 彼の記憶からも僕はゆっくりと消えていく。


 やがて思い出されることもなくなる。


 ……話さなくなった友人なんてそんなものだ。でも、それでも良かった。彼が笑っていられるなら。僕の弱さが彼の幸せを奪ってしまわないなら。

 きっとこのタイミングで弱い僕が告白してしまえば誰よりも優しい彼は酷く苦しむことになる。


 誠実な彼は彼女がいる以上僕を選ぶことはない。だからこそ苦しむ。どう断ればいいのか。どう答えていいのか。どうすれば僕を傷つけずに済むか。


 そしてきっと彼自身も深く傷つく。僕はなによりもそれが怖かった。僕の弱さで彼の幸せを奪ってしまうなんてことはあってはならない。


 それに幸いクラス内での彼の友人は僕だけじゃない。いいクラスメイトがいっぱいいて、彼と話したがっている人も多い。なにも、僕が話さなければ彼がクラスで孤独になるというわけではないのだ。


 だから、無視をし続けた。僕が拒否し彼が珍しく悲しそうな表情を露わにするたびに僕は舌を噛みそうなほど辛かった。

 それでも、彼と一度話せば弱い自分が出ると考え我慢し続けた。


 今日は一日辛かった。我慢の連続……それでも乗り切ることが出来た。あとはこのホームルームでおしまいだ。


「起立! さようならっ」

「「「さようなら」」」


 号令がかかり挨拶を終えると各々が動き出し放課後モードへと移行し始める。僕も今日は部活があるので荷物を整理していく。

 今日の唯一の救いは部活があることだ。きっと部活をやっている間は辛いことも忘れることが出来る。


 そんなことを考えながら荷物を整理し終えた僕は早速鞄を持ちイスから立ち上がると教室の外へと歩いていく。そして、近くで誰かが慌てて立ち上がったような音を出す。


 大丈夫。今、僕は落ち着いている。


「翼っ。話を____」

「ごめんね。部活があるから」


 だから大好きな彼からの言葉も無視できる。

 簡単なことだ。プログラミングされたようにひたすら断って逃げればいいのだから。簡単な……ことだ。ことのはずだ。


 僕は自分にそう言い聞かせながらそのまま足を動かし教室から出る。大丈夫。こんなの……大丈夫だ。


「へっ?」


 だと言うのに僕の体は止まっていた。

 いや、正確に言えば止められていた。


「頼む、話を聞いてくれっ!」


 他でもない彼____伊賀 光太郎自身によって。








 →→→→→→→→→→→→→→→→→→→→


 次回「俺の気持ち」


 が、頑張りました。これで限界です。流石に今日、朝これ以上の投稿は……で、できませんからっ! ……多分。


 では!










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る