第32話 「風邪をひかれたら困るので家へどうぞ」「いやでも___」「どうぞ(圧)」


「にしても本当にさっきから上機嫌だな」

「そうですか?」


 隣を飛ぶような軽い足取りで歩く新井を見て俺は自然とそう漏らす。

 なんか、顔ニヤケさせて俺の学ラン羽織ってるし……いや、まぁそれで嬉しいのなら貸して正解だったけどさ。

 ちなみに先程、「そんなに大変な思いをさせちゃうなら学ラン貸さない方が良かった?」と言った所そうではないと全力で拒否られてしまった。

 ……新井曰く、俺女心がまるで分かってないらしいよ? いや、分かってるつもりなんだがなぁ。


「これは私の一生の宝物ですっ」

「いや、新井のにしないで? ちゃんと返して!?」

「えへへ」

「えへへじゃなくて!」


 不穏なことを言い始めた新井に俺は念の為釘をさす。だ、大丈夫だよな? 流石に冗談だよな?


「……そうだ。まだ寒いとかあるか?」


 俺は不安な気持ちを紛らわす為にも新井に違う話題をふる。元々、気にしていることなので心配なんだが。


「大丈夫です。光太郎にぃが……温めてくれましたから」

「? いや、俺じゃなくて学ランだと思うんだが?」


 新井が少し訳が分からないことを言い始めたので俺は思わずそう尋ねるが、新井はヤレヤレと言わんばかりにため息をつく。

 ……なんか調子が出てきたな。


「そういうことじゃないですよ。全く光太郎にぃは基本的に完璧なのにこういう所が少し抜けてますよね。まぁ、そこも可愛いのでいいんですが」

「そ、そうか」


 少し言い返そうかと思っていたが邪気のない笑顔を見せられ少し言葉に詰まってしまった。……こういう所はズルだと思うのは俺だけか?


「まぁ、欲を言えば光太郎にぃにギュッとして欲しかったですが……」

「いや、俺も濡れてるし余計に寒くなるだけだろ」

「……だから、そういうことじゃないんですけどね。はぁ」

「いや、今のは変な所なかったろ!」


 またもや新井にため息をつかれるが今回のは 流石に納得がいかず俺は声を上げる。濡れてる奴に抱きしめられても寒いだけだろ。


「そ、そのようするに抱きしめて欲しいだけなんですよ。というかさっき言わせないでって言ったのに、なんで言わせるんですかぁっ」

「可愛い」

「えっ?」

「えっ?」


 新井は目を見開いてコチラを見て、俺自身も俺から咄嗟に漏れた言葉に驚きの声を上げる。


「はっ、へっ? へぇぇ!?」

「い、いや今のは違くてだなっ。そ、その咄嗟に出てしまったというかポロっと本音がだなぁ」


 俺は慌てて新井に向けてなんとか上手く誤魔化そうと早口で言葉を並び立てるが新井は顔を手で覆ってしまい微かに見える耳は真っ赤に染まっていく。

 あれ? 焦りすぎて言葉間違えた?


「うっうぅぅぅぅぅ〜〜〜。な、なにを急にい、い、言ってるんですか!?」

「お、落ち着け濡れてしまう」


 顔を隠し僅かに見える耳を真っ赤に染め動揺が隠せない新井が俺をポカポカと可愛らしく叩いてくるが今は雨。少しでも暴れてしまうと傘の外へと出てしまい、また濡れて寒くなることになってしまう。


「ほ、ほらとか言ってたら着いたから。一旦ら落ち着こう。なっ?」

「あっ」


 とそんなことをしていると俺と新井はいつの間にか新井の家の前にまで来ていた。途中は長かった気がするが最後はあっという間だったな。


「じゃあ、俺はこの辺で。またな」

「ま、待ってください」


 俺が別れの挨拶をつげ学ランを新井から返して貰おうとしていると新井が少し緊張をはらんだ声を出す。


「その……先輩びちょびちょですよ? しかも、私に学ランを貸したせいで」

「そんなこと気にしなく___」

「気にするんですよっ」


 俺がそこまで言いかけた所で新井から大きな声が飛び出てくる。


「是非ウチでシャワーでも浴びていってください」

「いやそれは迷惑になるし……」


 新井の両親的にも急に娘が知らない男を連れ込んでシャワー浴びさせてたら困惑するだろう。


「また、風邪をひかれるの方が迷惑ですよ?

 はいっ、ということで家へどうぞ」

「グッ……」


 勢いに押されてしまいそうになるが待つんだ俺! 新井は俺を風邪をひかせないよう必死で男を家へと連れ込む危険性に目がいっていない。

 こんな状況で俺が了承してしまえば優しい新井のことだ、いつか他の男にも同じことをするのかもしれない。


「どうぞ」


 何故か凄く圧を感じるが俺がそれに頷くことはない。すると新井は諦めたのか俺の学ランを脱いで手に持った。俺の粘り勝ちということだな。


「そんなこと言うなら……これ、貰ってちゃいますから」

「はぁ?」


 そう言うと新井は突如としてその場から走り出して新井の家の扉の前まで行ってしまう。


「ちょっ、それは返せって」

「返して欲しいなら家へどうぞっ。風邪ひかれるのは困るって何度言ったら分かるんですか!」


 俺はすぐさま追いつくと新井の持つ俺の学ランへと手を伸ばすが新井はそれを抱きしめ離そうとしない。こういった時の新井は頑固だったけ?


「……分かった。お邪魔する、するから返してくれ」

「それでいいんですよ」


 結局、流石に学ランを無視して帰るわけにもいかず俺は諦めた形で了承する。すると新井が俺の元へと近寄り、


「今日は両親遅いんで大丈夫ですよ? それに両親も光太郎にぃのことは知ってるので……光太郎にぃの心配してるような事態にはならないと思います」

「……」


 いや、問題はそこだけじゃなくて新井がこんなにも簡単に男を両親もいない家へと連れ込むということなのだが。

 ……しょうがない。まだ分からないというなら教えるしかない。体に叩き込んでやるか。


「じゃあ光太郎にぃ中へどうぞ」

「はいはい、お邪魔します」


 俺は新井に案内され新井の家の中に入りながらそんなことを考えるのだった。








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 次回「お風呂」


 えっと、ここまで32話でしょうか? この話でようやくプロローグが終わりです。次回から第1章へと突入します。まぁ、今までのプロローグはキャラ紹介的な立ち位置なのでここから楽しんでください。


 もし、ここまでで良かったと思ってくださった方は是非是非星や応援お願いします。


 ではまた明日、第1章にて!(というか今日ですけど)

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