第9話 溶けてしまいそうだよ


「俺はっっ、俺は……」


 俺がなんとか必死に答えを返そうとしていると俺の口が翼の手によって塞がれてしまう。


もごっ?!」

「なーんてね。翼ちゃんジョークですよ。騙されちゃったでしょ?」


 そして翼は熱のせいか熱くなっていた体を俺から離すと火照った顔でそんなことを言って笑う。


「ねぇ、焦った? まっ、このくらい僕は元気なわけだから帰っていいよ? ねっ? ゴホッ」


 翼は額に汗を掻きながら早口でまくしたてる……でも、


「いや、明らかに大丈夫じゃないだろ。体も熱いし、顔だって真っ赤だし……翼にしてはジョークの域を超えてたからな。判断能力だって低下してる。ジョークにしたってやりすぎだ」

「……うーん、ゴホッ僕もこんなことするつもりじゃなかったんだけどね」


 俺がそう言うと翼も諦めたように俺が言ったことを認め始めた。


「まぁ、しいて言うのなら……焦ったのかもしれないね」

「何を?」

「さぁ?」


 俺は尋ねるが翼に笑ってはぐらかされてしまう。というか、


「つーか、こんなことやってないで大人しく寝てろ」

「うーわ、ゴホッ、なにをする〜」


 いつまでも起き上がったままの翼を俺は無理矢理ベットへと押し返す。

 翼は芝居めいた口調でジタバタと暴れるので俺は翼を肩を掴んでピタッと止める。


「翼っ!」

「に、にゃに!?」


 翼は熱のせいか真っ赤な顔ですっとんきょうな声を上げる。


「頼むから大人しく寝ててくれ……あまり心配かけさせないでくれないか」

「わ、分かったよ。じゃあ、僕もゴホッちゃんと寝るからこうくんも帰ってよ」

「分かってるよ、よくよく考えてみたら翼なんて構ってる場合じゃなかったしな」


 翼が布団で顔を隠しながらそんな恨めしげな声を上げるので仕方なく俺はそんなことを言う。


「じゃあ、翼が寝たら俺は帰るから」

「本当?」

「……俺だってそこまで暇じゃないんだよ。翼の安全を確認してご飯食わせて、寝かせたら帰るつもりだったからな」

「じゃあ、寝るよ」


 俺の言葉を聞いて安心したのか翼は目を閉じて眠ろうとするが熱のせいで熱いのか苦しそうに息をあげ寝れそうにない。……しょうがない。


「ひゃっ」


 俺は自分自身の手を翼の額に当てる。それに驚いた翼がなにやら変な声を上げるが俺は気にせずそのまま手でゆっくりと翼の額を撫でる。


「こ、こうくん? 一体なにを? 冗談なら僕でも怒るよ?」

「俺の手は冷たいらしいからな。姉さんも熱の時これでよく眠ってたから」


 少し焦ったような翼を無視して俺はしばらく翼の額を撫でて冷やし続ける。しばらくは抵抗していた翼だが無駄だということに気がついたのかそれをやめる……そしてしばらくすると寝息を立てて眠ってしまった。


「翼……悪いな」


 ここで俺は約束を破らせてもらうことにした。翼の手前ああは言ったがやはり心配で仕方がないのだ。


「早く……治りますように」


 俺はそう呟くと、気持ち良さそうな翼の寝顔をいつまでも眺めていた。



 *



「はぁ、死ぬかと思ったよ」


 こうくんが帰った11時ごろ、ようやく目を開けることが出来た僕は大きく鼓動を鳴らす心臓をおさえながら息をつく。結論から言えば僕は眠れなかった。


「でも、こうくんが悪いんだけどね? 僕を勝手に撫でやがって……確かに風邪は吹き飛んだけどその代わりに凄い熱上がっちゃうし」


 僕はもうこの場にはいないこうくんに文句を言う。


「それに……こうくん嘘ついたし。帰らなかったし」


 そして僕はニヤケてしまう口元を必死におさえながらそう呟く。また、自分の顔が火が出そうなほど熱くなっていることに気がついた僕は体を丸めると、


「あぁ、風邪は治ったのに熱で体が溶けちゃいそうだよ」


 そんなことを恨めしげに呟いてベットの中のゴロゴロと転がる。

 こうくんの手の感触が中々離れずその日は中々寝つけない夜であった。



 *


 1人の女が街の空を跳ねるように移動する。


「あぁ、光太郎はしっかりやってるかしら?

 ……不安だわ。なるべく早く帰らないと」


 そんなことを呟きながら。




 →→→→→→→→→→→→→→→→→→→→


 次回「光太郎にぃ……馬鹿なんですか?」


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