第4話
「そうじゃねえだろう、先ずは礼を言うんだろうが。若旦那、この度は、まことに有難うございました。お陰でお悠耶は命拾いを致しました」
畳に手をついて頭を下げる風介を真似て、悠耶も礼を述べた。
「そうだった。ありがとうございました。惣一郎、おいらを助けに来たせいで、こんなに怪我をさせちまって。痛かっただろ? ごめんね」
「ばっかだな。そんなことを言いに来たのかい。両親にも仔細を話したんじゃないだろうな」
悪態をついているのに、惣一郎は目元の強直が緩んでいるのを感じた。
ほぼ初対面の風介と寛太が、不思議と目を合わせる。
惣一郎は自分もゆっくり腰を下ろして、悠耶に頭を上げさせた。
頭のてっぺんから眺めたが悠耶には大きな怪我は見当たらない。
いつもと変わらぬ様子で改めて安堵した。
昨晩……ではなく一昨日の晩か。
意識が戻って慌てて悠耶を帰したが、自身も平生でない状態だった。
改めて見るまでは、どことなく落ち着かなかった。
無事な姿の悠耶を前にして、惣一郎は清々しさを感じていた。
たとえ力が及ばなかったとしても、この子のために、最後まで力を尽くした自分が誇らしい。
「惣一郎?」
顔を上げさせた手が、覚らずに悠耶の頬を撫でていた。
悠耶に呼ばれてはっと手をどける。
「旦那さんはお留守で、女将さんも手が離せないらしくて。若旦那がこちらで休んでいるから見舞ってほしいと通されたんです。加減が優れないところを……ええとすみません」
風介がやや目を伏せながら、悠耶の横で一生懸命に言葉を発していた。
「若旦那。旦那様たちは、全てご存知です。昨日も風介さんたちは、見舞いに来てくれました。若旦那が親切心でなさったことと納得されています」
寛太は、どこかたどたどしい口調で、両親が風介親子を咎めていない事実を伝えてくれた。
あまりに二人の態度はぎこちない。
気が緩んだとはいえ惣一郎は何か自分は思いも寄らぬほど変な行為をしただろうかと不安になった。
頬を撫でたのがまずかっただろうか。
けれど、それくらい、年長者が幼子にするのは常識の範疇だろう?
「まあ、ならいいや。風介さんも、寛太の言った通り俺が好きでやったんだから気にしないでくれよ。寛太、わざわざ来てくれたんだから、お茶を持ってきて」
話題を逸らそうと寛太に用事を頼むと、慌てて風介が立ち上がった。
「そんな。もうお暇しますんで。若旦那はゆっくり養生してください」
「もう帰っちまうのかい? 今やって来たばかりだろう」
せっかく訪れた悠耶ともう少し一緒にいたい。
なのに、見込みと異なる流れに惣一郎は内心かなり焦る。
「そうだよ。今やって来たばっかだ。お茶を貰おうよ、おいら喉が渇いた」
「こら、もういい加減きちっと考えろ。そんな調子だから、今度みたいな事件に巻き込まれたんだろう。お前、今いくつだか、わかってるのか」
「おいら? 十一だけど。お父っつあん、忘れちまったの?」
「そうじゃない。十一にもなったら、人の気持ちを察して場をわきまえるもんだ。
相変わらずの問答をしている風介親子の様子を見守りながら、惣一郎はどうしたら二人を引き留められるか、考えていた。
風介の言い分は至極まともだ。
常識のある人間なら、確かにそのまま長居するなんてあり得ない。
しかし、一昨日のあの日だって、目的は果たされていない。
悠耶に会いに長屋へ行ったのにあんな目に逢ってしまい、言葉さえまともに交わしていない。
もうちょっと、せめて半刻くらいは一緒にいられないものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます