第3話

「今回はお前にも迷惑を掛けたよね。お父っつあんたちから何か言われちゃいないかい。寛太のせいじゃないのだからね」


「滅相もありません。若旦那を危ない目に遭わせてしまって、申し訳ありません」


 寛太は四角四面に頭を下げた。


 寛太は生真面目でよく気のつく男だ。


 惣一郎が「個人的に遊びに店を出る」際は、それとなく気を利かせて席を外してくれている。


 個人的に遊びに、とは私的に男子を追い回している時だ。


 以前出会い茶屋へ、正真正銘の遊びに行った時などは、きちんと店先までついて来た。


 どこで見極めているのだかわからない。


 だが、気持ちの入った恋愛に野暮はしない信条らしい。


 気を利かされているのも落ち着かない。


 でも、親切心からの行動なので、気にしないようにしていた。


 それに悠耶の所へ行くのは知られたくなかった。


「お前のせいじゃないと言っているのに。まあいいや、後でお父っつあんたちには、俺から言っておくから。気にするなよ」


 寛太はペコリと頭を下げる。


「若旦那こそ、私なぞに気を遣わないで下さい。体に障ります。何か不自由はありませんか? お世話をするように女将さんから言いつかっております」


「そうだなあ。悪いが、厠へ行くのに手を貸してくれ。情けないが歩くのもしんどいんだ」


なんだかんだで店の中では一番の信頼を寛太に寄せていた。こんな些事を素直に頼めるのは寛太だからだ。


「お安いご用です。どうぞ、おつかまりください」


 生真面目に右肩を差し出してから、寛太は座卓の横に置かれたお膳に目を落とした。


 惣一郎が台所まで来られないからと、菊に言われて先刻届けに来て置いたものだ。


「おや、若旦那。綺麗に昼飯を召し上がりましたね。ようございました」


「え? 昼飯はまだ食っていないよ」


「そんなはずは。だってお膳は空ですよ」


 寛太は「ハハハ、若旦那も冗談を仰ることがあるんですね」と朗らかに笑った。


 惣一郎もすっかり空になったお膳に目をやる。


 確かに汁椀、お椀に、漬物が載っていたらしい小鉢が、まるで初めから何も入っていなかったくらいの綺麗さで並んでいる。


(まさか蕨乃が来ているのか? 黙って飯を食う奴には見えなかったが。しかし寛太がいたんじゃ呼び掛けることもできないしな)


 疑問に思った惣一郎だった。


 だが、今は真相解明はできそうにないので黙って寛太について行くことにした。

 






 牛のような歩みで、ゆっくり厠から戻ってくると、部屋では意外な人物が待っていた。


「惣一郎! 自分の部屋があるなんて、すてきだねー!」


 悠耶と風介親子だった。風介はいつになく神妙な面持ちで、膝を揃えて座っていた。

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