第13話

 ただ不気味な足音に、背中を強張らせながら耐えているだけだった。


 左右に辿り着いた唐傘お化けに、それぞれ両脇から腕を差し入れられ、上半身を抱えられる。


 声を上げる余裕もないまま、更に両の足も二人の唐傘に掬い上げられた。


「わわぁ、なんだぁ!?」


 裏返る様な細い声でやっとのこと悲鳴を上げたのは、やはり細男のほうだった。


 銀八のほうは、我慢というより声も出ない様子で目を瞑っている。


 細男の問いに答える者はない。


 一際ぐんと大きな轟と共に天から一条の光が、悠耶のいる堅川のほとりへ向けて降りて来る。


 一条の光は雲を切り裂く白龍の姿だ。


 白龍は真っ直ぐ地上へ降りて来る。


 轟々と風の唸る音が、びりびりと耳の奥を打った。


 悠耶は咄嗟に惣一郎に覆い被さり、受けるであろう打撃に備えた。


 瀕死の惣一郎を、これ以上、傷つけるわけにはいかない。


 だが、すぐに杞憂とわかる。泥の塊がみるみる壁となり、悠耶と惣一郎を庇ってくれる。


 白龍は、降りて来たかと思うと、唐傘と銀八たちの周りを下降の勢いのまま、ぐるりと周った。


 轟音は地鳴りを伴い、覚悟をしていても腹に応える。


 龍は勢いを保ったまま、再び天へ向かって飛び立つ。

 

 悠耶たちを庇ってくれている泥の山が、暴れる風であちこちに飛び散った。


 泥が頭や頬に当たるだけでも、かなり痛い。


 悠耶は一片でも惣一郎に当てまいと、なるべく体を大きく伸ばして庇った。


 やがて、地鳴りは風と共に遠ざかり、静寂と薄明かりが戻ってくる。


 白龍が切り裂いた黒雲は、散り散りに宵闇に溶けていった。


 銀八たちは唐傘お化けたちが連れ去った――


 気が緩むと同時に、はっとなった。


 悠耶は伏せっている惣一郎の背中に耳を当てた。


 呼気は健やかと言えないが、心ノ臓は、しっかりと脈打っている。


「良かった……」

 

 死んではいない。


 惣一郎はいつも頭に気に入った手拭を被って、自身の象徴のように身につけている。


 ご自慢の蛸柄の手拭は、血で真っ赤に染まっていた。


 手早く剥ぎ取った。


 血の出所を探り、髪のたぼを掻き分けてみる。血の跡を辿ると傷口は右耳のすぐ上だった。


 暗いし、頭髪が邪魔で不確定だが、次から次へ流れ出てくる段階は過ぎている。


 悠耶は一先ず押さえたほうが良かろうと掌を押し当てようとした。


 だがすぐ思い直して手近に布地を探す。


 帯を当てようと解いた。が、長すぎるし、汚れが目立つ。


 次に腰巻きに手を掛けて、先のほうを裂こうとする。


 だが、これも上手く裂けない。


 もうあれこれ面倒なので、腰巻きも脱いで、適当に畳んで頭部に押し当てた。


「かなんわー。えらいおっきな音がして。何があってん」


 そこへ四角く白い蕨餅頭の、蕨乃が呑気な声で顔を出した。


 先ほどの騒動が幻かと思えるほど穏やかな声だ。


「蕨乃! どこ行ってたんだよ。大変だったんだぞ!」


「どこ行っとったのって、こっちがええたいで。厠へ寄るゆうて、さっさと行ってしもうて。家へ帰ったんかと、見に行ってしもうたよ」


 畦道からこちらへ寄って来た蕨乃はお互いの顔が確認できるところまでやって来て、急に大きな声を出した。


「いややわあ! お悠耶はん、何てことしてはるん!」


「だから大変だったんだよ。惣一郎が大怪我してる。早く連れて帰って医者に見せてやらないと」

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