第9話

 ならば俺は?


 売られても敵わない。


 だが、売れない存在ならば今すぐに始末されかねない。


 両親は、要求されればすぐ身代を用意してくれるだろう。


 けれど俺は、十一の悠耶とは違う、十六の男だ。金と引き換えに解き放して、捕まる危険を冒すとは思えない。


 どうする? と思案する間もなく背中の重みに力が加わって、再び息を奪われた。


「小僧とは、どういう関係だ? どうしてここがわかった?」


 破落戸ながら中々勘が良い。もっともな質問を投げ掛ける。


 ただ、質問をしておいて、答えを期待している訳ではないらしい。


 こちらは苦しくて、とても答えるどころではない。


 もっとも答えられたところで、素直に答えるつもりもない。


 悠耶の居所を教えてくれた蕨乃の存在は、こちらの 一縷いちるの望みでもある。


 こいつらには元より、今は惣一郎にも見えていない。


 だが、手の内を明かすようなへまはしまい。


 悠耶は馬鹿でも、家に帰り、事情を話せば、風介が助けを呼んで来るはずだ。


 蕨乃だって悠耶よりは常識がありそうだから、悠耶を無事に送り届ければ戻って来てくれるだろう。


 そうなれば、多少は隠れ家を移しても、惣一郎の居所を教えるくらいは、してくれるはずだ。

 

 それまでに何とか……刻を稼ぎたい。今は一対一だが、いずれはもう一人も帰って来る。


 あるいは、この男から逃れる術があるだろうか。


 一瞬の計略を男は見破ったのか、追い討ちを懸けるように、足を三度がんがんと振り下ろした。


「この銀八様を舐めるな! 口で言ったんじゃ、わからねえようだな」


  背中を追加で二回、頭と頬も足蹴にされた。


 腹が浮いたところにも漏れなく一撃を食らう。


 仰向けになったところを更に踏まれそうになるのだけは、必死に転がって避けた。


「ふざけた真似しゃがって! 手前は生きて帰れると思うなよ」


 銀八と名乗った男は、より最悪な台詞を大声でのたまった。


 しかし、惣一郎の耳には、まともに届いていなかった。


 避けたはいいが、どうしていいか、わからない。


 これほどの傷手を負って背中を向けて逃げるには分が悪すぎる。この大男相手に、どう立ち回れば良いのか。


 けれどこのまま死ぬのも嫌だ。


(くそうっ)


 精一杯の気力と意地を振り絞って、惣一郎は立ち上がった。


 右腕を振るって一矢を報いようとする。力はなくとも、坊ちゃん育ちにも意地があった。


 だがそれも、動きが大きすぎて呆気なく躱される。


「何のつもりだ、そりゃあ」


 ぶははは、と銀八は豪快な笑い声を上げた。


「あの小僧のほうが、まだ手が焼けたぜ。とんだヒョーロク玉だあ!」

 

 形相が一変して上機嫌になり、得意げに両腕を振り回した。

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