第7話

「じゃあ、そうしたら、せめてもう少し暗くなって互いの姿が見えなくなれば……」


 互いの姿が見えないほど暗くなってしまったら、まともに帰れなくなる危険がある。


 提灯も持っていないし、持っていたとして、灯りを灯せば逆にこちらの目印となる。


「じゃあ……無難に、誰か呼んでくるか。御番所が駄目でも近所の男衆に合力してもらえば何とかなるだろ」


 一人であれこれ案を出した惣一郎だった。


 だが、三度目の「じゃあ」は、少しばかり元気が失われていた。


 急げば半刻ほどで往復できるだろう。それなら、まだ日は沈みきらない。


 居場所はわかったのだから、そう難しい話ではない。


「あかん。どないしましょ」


 折角、一生懸命に考え抜いて、一番つまらない案をひねり出したのに蕨乃が口を挟んだ。


 小さな指が指し示したほうへ不満ながら目をやると、腹に縄を回された悠耶が男に引かれて小屋から姿を現した。


 遠目だが口にも布が巻かれ、目だけが左右を忙しく探索している。


 すぐにその動きは一点に留められた。

 

 そのまま、口元と耳の後ろを一繋ぎにしていた布が、つるりと顎下へ下るのを惣一郎は目の当たりにする。


「惣一郎だー! 何してるの? こんな所で!!」


 有り得ない事に、悠耶は惣一郎の名を大声で呼ばわった。


「馬ぁ鹿っ!!」


 悠耶が馬鹿だなんてわかりきっていたのに、悲しくって叫んでしまう。


「惣一郎はん、見つかってしもうたわ」


「わかってらあ!」


 悠耶を繋いでいる細身の男と目が合う。惣一郎は咄嗟に、この男からなら悠耶を奪い返せるかどうか算段した。


 が、屋内にはまだあの男が残っている。


 ならば仕方ない。蕨乃がいてくれさえすれば何とかなるだろうから、ここは一度、退却するしかない。


 惣一郎は蕨乃に目配せして、一目散に川上に向けて駆け出す。


 はずだったのに、その足は真っ直ぐ小屋へ向かっていた。


 細身の男の右腕が、悠耶の頬をひっぱたく姿を目にしたら、体が勝手に動いていた。


「惣一郎はん!?」


「何だ、お前は!?」


「うるせえ! その縄を放しやがれ!!」


 惣一郎は力一杯に走り、そのまま肩から突っ込んだ。


 男は身構える仕草を見せた。


 だが細い体に、惣一郎の体重を乗せた一撃を受けて、ひとたまりもなく弾き飛んだ。


 紐を引かれた悠耶が少し体勢を崩した。でも、器用に立て直す。


 慣れない使い方のため肩が軋んだが、悠長にしてはいられない。


 弾き飛ばされた打撃で、男は持った綱を手放した。この機を逃してはならない。

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