第4話

 顔だけ袋の外に出たので周りを見た。


 薄暗い室内にガタイのいい男が一人、胡坐をかいて座っている。


 顔半分を髭が覆っていて、着物の外に出ている手足のほとんどが毛に覆われていた。


 すぐ側には袋の口をくつろげたと思われる男が。室内のボロさは悠耶の長屋と良い勝負だが、長いこと放置されていたのが臭いでわかる。


 格子戸はなく、唯一の戸も閉まっているので、戸板の隙間から差し込む光しか灯りがない。


 現場にも対して関心はなかったが、ここがどこで、今は何刻なのかくらいは、知っておきたい。


 ついでに、どうして自分は、ぐるぐる巻きにされているのか。


「おやおや、よく見たら可愛い顔してるぜ。こりゃ上玉だな」


 ヒヒッと品のない笑い声を発したのは隣の男だった。


 こちらの男は毛むくじゃらの大男より若く見えるせいか、多少は清潔そうだ。


 腹が減っているから、昼飯時からかなり経っているに違いない。


 早く帰って飯が食いたい。薄暗いが光の強さから昼七ツ刻(午後四時頃)前だろうか。


「おめえ、顔もろくに見ねえで拐ったんか。人違いしちゃいねえだろうな」


「相生町の酒井風介だろう? 部屋を出るところから、見ていたんだ、間違いやしねえよ。ちゃんと手紙も置いて来たぜ」


「お父っつあんに手紙を? どんな手紙だい?」


 風介の名前が出たので、悠耶はほんの少し気を惹かれた。お父っつあんと自分に別々の用事があるのだろうか。


 でも、こんな風にぐるぐる巻きにされる由は?


「そりゃ身代受け渡しの手紙だよ」


「お父っつあんに身代受け渡しの手紙なんて出して、どうするの? 誰の身代だい」


「そんなの決まってるだろ。お前の……」


「オイ、猿轡さるぐつわはどうした!?」


「えっ、ああ」


若見えの男は始め気づかなかったらしい。悠耶の問いに、うっかり返答してから、毛むくじゃらの要求に応えようとした。


 悠耶の上半身を起こして、顎先へ落っこちた猿轡を締め直そうとする。


「それ鼻が詰まって苦しいから、やめてよ。おいらの身代って、どういうこと?」


「ひょっとしてさらわれたってわかってねえのか、お前」


「おいら、拐われたのか! でも、うち、そんなにお金ないぞ」


「金がなきゃ、見世物小屋に売るだけさ」


 大仰に驚いてみせた悠耶に、毛むくじゃらが冷たく返す。顎をしゃくって猿轡を促す。


「おいら、騒がないから、このままにしてくれったら。おいらは普通の人間だし、見世物にはなんねえと思うけど」


「とぼけても調べはついてんだ。酒井風介の小倅は不思議な芸当ができるってな……いいから黙らせろ!」


 毛むくじゃらの大声に、慌てて若見えが口を封じる。


 悠耶は続けて言葉を発したが、残りは、もごもごと唸るのみとなった。


 身代と言われてもピンと来ない。幾らだか知らないが、身代が悠耶が知っている意味の身代なら、多分お父っつあんには払えない。

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